米国アマゾンのヘルスケア戦略 誰ひとり取り残さない医療革命が起きる予感/小川陽子氏
社会福祉のインフラを一民間企業が始めようとしている。
eコマース業界の巨星、米国アマゾン・ドット・コムは、先ごろ、B2C(Bto C企業対消費者)分野の事業をより強固にしていく動きをみせている。アマゾンファーマシーが、月額5ドルで薬局事業に参画できるサービス「RxPass(アールエックス・パス)」を開始すると発表したのだ。
米国内のプライム会員は、一律5ドルの低料金で、処方された医薬品を容易に入手でき、無料で配達をしてもらうことができるというもの。一般的な症状のために用意された80種類以上の治療薬であるジェネリック医薬品のなかから必要な処方薬を入手し、自宅の玄関先までの無料配送が叶うのだ。カスタマーサービスも充実していて、利用者が、サポートセンターに電話をすると、医療従事者と直接やり取りができる。薬を処方するだけでなく、具体的なアドバイスをもらい、遠隔診療も受けられる。
2016年以降、アマゾンは、ヘルスケア業界へ参入を進めたスタートアップ企業への出資、戦略的な業務提携や買収により、自社の従業員向けのヘルスケア戦略の構築を図ってきた。
19年には、「アマゾンケア」を立ち上げ、米国ケアメディカルと契約し、従業員向けにオンライン診療や対面診療の提供を受け、その後、全米の企業に拡大し、多くの都市で対面診療を提供している。さらに、プライマリケアーのスタートアップと提携し、20年には、従業員向けに様々な医療サービスを提供する医療センターを設立した。21年12月には、「アマゾンケア」「アマゾンファーマシー」「アマゾン・ダイアグノスティックス」を1つの組織にまとめ、消費者向け診療サービスやオンライン薬局事業を統合すると発表していた。
すでに、20年に有料のプライム会員を対象に、アマゾンファーマシーにて薬の宅配、オンデマンドの薬剤師相談を提供していたが、この新たなサービスは、革新的な取り組みだといえる。医療へアクセスすることが簡単ではない人が多い米国にとって、一律5ドルを払うだけで、保険に関する障壁を効率的に取り除くことや、インフレーションによる薬価の高騰で入手困難になった医薬品をより手頃な価格で容易に入手できるものにする。
また、病院の受診予約をしたものの、何らかの理由で行けなくなった患者の症状が悪化してしまうなど、これまで救うべき命を救えなかったことへの対策も含め、このようなサービスを創ることで、さらに医療・健康にアクセスしやすくなり、誰ひとり取り残さない医療革命が起きるのではないだろうか。
アマゾンの戦略的なヘルスケアへの進出で、この事業は薬局業界を破壊すると懸念する声も聞こえてくる。しかし、ショップローカルということよりもこのサービスの勝機は、むしろ必要な医薬品を入手することが困難だった人々に届けられること、薬価の透明化などに寄与するものと考えられる。利用者が継続的に適切な医療が享受できるサービスを、トライアンドエラーで改善を重ねながら作り上げていく米国スタイルだからこそ、磨きのかかった戦略が医療改革のきっかけになると期待したい。
さて、米国とは異なり、完成度の高いものを求めがちな日本は……?アマゾンの取り組みが、わが国の医療・福祉にも良い影響を与えてくれることを願う。
小川陽子氏
日本医学ジャーナリスト協会 前副会長。国際医療福祉大学大学院医療福祉経営専攻医療福祉ジャーナリズム修士課程修了。同大学院水巻研究室にて医療ツーリズムの国内・外の動向を調査・取材にあたる。2002年、東京から熱海市へ移住。FM熱海湯河原「熱海市長本音トーク」番組などのパーソナリティ、番組審議員、熱海市長直轄観光戦略室委員、熱海市総合政策推進室アドバイザーを務め、熱海メディカルリゾート構想の提案。その後、湖山医療福祉グループ企画広報顧問、医療ジャーナリスト、医療映画エセイストとして活動。2019年より読売新聞の医療・介護・健康情報サイト「yomiDr.」で映画コラムの連載がスタート。主な著書・編著:『病院のブランド力』「医療新生」など。