人生の物語/女優・介護士 北原佐和子氏

2023年4月12日

 

当事者のこころに触れる

 

今に至るまでの人生には、それぞれの物語がある。認知症専門クリニックにいると、その人の、または家族の物語が垣間見えることがある。

 

 

ある時、待合室で大きな声で「何故こんなところにいるんだ」という男性がいた。「こんな検査なんてしたって仕方ない。俺はこんなことはしたくない。勝手につれてきてこんなことされて、何なんだよ」と検査室でも同じ発言を繰り返す。検査の説明をすると「俺は耳が遠いから」。そうか、大きな声を出していたのは耳が遠かったからだったのか。本人から説明してくださった時の様子は、怒りを私にぶつけることなく至って普通というか、醸し出す紳士感があり、さっきの様子とは全く違った。

 

でも検査をしたくない訴えは強い。検査途中で動き出すことを想定していたが、問題なく撮り終えた。その後、熟練の先輩が予診と陪席(問診のこと)担当した。娘さんは、「父は若いころから優秀で一流企業に勤めてきました。私に対してはいつもこんな感じで。私の話を聞いてくれないんです」と相談。先輩は、「私にも90歳になる母がいます。ご高齢の方は、親しい人が亡くなったり、疎遠になったりで、近くに話し相手がいなくなる。そしてこのコロナ禍で、家族にもなかなか会えない状況にある。寂しいのですよ。じっくり、お茶や食事をしながら、話を聞く時間を作ってみてください」と伝えた。

 

 

そして数日後、訪れた娘さんは「先日、初めて父とお茶を飲みながらゆっくりと話をしたんです。そしたら先日のような興奮した様子は全くなく、初めて色々な話ができました。ありがとうございました」と涙を浮かべて言ったそうだ。

 

家族に連れられて来る受診者は多く、本人が納得して受診する例は増えつつも、割合からすればまだ少数。アルツハイマー型認知症です、と診断を受け、信じたくない受診者と、診断されたのよ!と本人にストレートに伝える家族。それぞれの今後の物語が笑顔あふれる日々であってほしい。

 

 

認知症専門クリニックのスタッフは相談業務も大切な仕事の1つ。この相談業務は奥が深く、先輩スタッフの言葉かけや対応が大きな学びとなる。そういえば、舞台袖でベテラン女優の芝居を見て盗みなさい!と散々言われてきたことを、ここにきて思い出した。

 

 

女優・介護士 北原佐和子氏

1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」

 

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