【特別インタビュー】建築家 隈研吾氏 介護施設建築の哲学
木材などその土地の素材を豊富に使用し、周囲と調和した建築を流儀とする建築家、隈研吾氏。携わった作品として国立競技場などが有名だが、介護施設も複数手掛けてきた。今回は昨年6月に新設された、特別養護老人ホーム・グループホーム・小規模多機能型居宅介護から成る複合型施設「ハートフル若林」(東京都世田谷区)を中心に、隈氏の介護施設建築の哲学について探る。

建築家 隈研吾氏
ⒸJ.C. Carbonne
ロケーションが8割 地域に溶け込む介護施設
――介護施設の建築において大切にしている考えを教えてください
隈 高齢者介護は、社会全体で取り組まなければならない課題です。介護施設の建築においては「家庭にいるような空間」という目指すべき方向性がありつつ、保険制度や施設基準など検討すべき要素は多岐にわたると思います。その中で、私たちのような設計する立場から役に立てることは、制度や基準に則した機能的な設計は勿論、高齢者の自立的な生活を模索することや高齢者の存在を地域とつなぐことではないでしょうか。
建築はロケーションで8割決まります。私は、周囲を圧倒してそびえ立つ超高層ビルなど20世紀型の「勝つ建築」ではなく、その土地に馴染み、文化に溶け込む「負ける建築」を追求し、人にやさしく社会に受け入れられる建築を目指しています。
介護施設も同様。設計する地域ごとに、どんなことをテーマにデザインすれば高齢者の心を動かせるか。地域に溶け込み、ふれあいがもたらされる共有空間をつくり込めるか。そういった「空間体験」の仕組みを念頭に置いていますね。

「葉山の丘・葉山の森」木を多用し、あたたかみのある造り
ⒸKai Nakamura
感性に訴える“仕掛け”
――新設の「ハートフル若林」のこだわりは
隈 計画地の周辺環境や設計条件と、運営法人の声から、〝地域の緑とアートの共有〟をテーマにしました。
まず緑に関して言えば、今回の立地は世田谷区が整備した緑地に接していました。敷地後背にある、入居者が日々目にする緑地を、敷地の周りや建物外壁まで拡げ、地域の人々も共有して愛でることができるデザインにしようと考えたのです。後背の緑を拡げるために、建物外壁の垂直面にも、柔らかいメッシュを用いたプランターで緑をつなげたり、ルーフテラスも豊かに緑化したり、それらを維持する潅水システムも完備しました(写真)。

メッシュのプランターを用いた
ⒸMasaki Hamada (kkpo)
アートについては、運営法人である社会福祉法人愛あい会の前田計子理事長に「高齢者の空間にこそアートが必要」との考えがありましたので(次記事参照)、建物内の玄関や通路、共同生活室など、至る所にピクチャーレールやスポットライトを設え、展示環境を充実させました。
病院のようなホワイトキューブの空間ではなく、緑や絵画など情報がたくさん詰まった施設にすることで高齢者の刺激となり、生活意欲を高める〝仕掛け〟ができたと思っています。特に1階の地域交流室に関しては、道路側から誰でも見られるようアートを展示。施設の前に人々が歩けるスペースも設けました。そうすることで行き交う人たちも施設の中に目が向き、交流が生まれると考えたのです。

地域の人もピロティ越しに緑を楽しめる
ⒸMasaki Hamada (kkpo)
――ほかにも介護施設を手掛けています。印象に残っている施設を聞かせてください
隈 どの案件も印象深く、ストーリーがあります。例に挙げるとすれば、「クラシックガーデン文京根津」などでしょうか。東京の中でも古い木造住宅が建ち並ぶ根津の街並みの中に、有料老人ホームを計画したものです。敷地内に建っていた明治期の木造屋敷(旧田嶋浅次郎邸)や、緑が生い茂る庭などの空気感を保存し、施設に活かしていくことを設計テーマとしました。既存の煉瓦造の蔵も解体せず、そのまま移動する「曳家」の技法を用いて再生。地域の人も利用できるサブダイニングとすることで、元々場所が持っていた記憶や歴史を継承し、それらを媒介して入居者と地域をつなぐことを考えました。

「クラシックガーデン文京根津」旧田嶋邸の跡地に新築
また、高知県と愛媛県の県境にある梼原町で、デイサービスやケアハウスなどを他公共施設と組み合わせた複合型福祉施設「YURURIゆすはら」の例もあります。高齢化が進む地方の町の、多世代が交流できるコミュニティ・コアとしての位置付けでしたね。この計画では、新しい図書館と介護施設、体育館、こども園それぞれが真ん中の芝生の広場を臨む配置としました。メインとなる広場は介護施設側の町民交流室と連動させることで交流の和が拡がるよう計画。施設の素材には地場産の杉材や手漉きの和紙を使い、森の中の町にふさわしい空間をつくりました。
その土地の材料を使うと地域経済にも役立ち、地元の職人たちも出入りが増え、ふれあいも生まれます。高齢者が身の回りの空間を形づくるものに思い入れを深めることで、それが個人の生活と地域社会とのつながりの実感を生み、意欲や身体活動性の向上につながり、自立が促されるのではないでしょうか。

「YURURIゆすはら」地場産の杉材や和紙を使用
Ⓒ川澄・小林研二写真事務所
「制約」を逆手にとる
――昨今の建築コストの高騰についてはどう捉えていますか
隈 私たちもコストの高騰には頭を悩ませていますが、コストが見合わないとなると、必要な物が残され、本質が見えてきます。前向きに言えば、建築プロセスで「制約」は役に立つのです。コストが高騰している状況ならば、その現実も全部含め、社会に合わせた建築を生み出さなくてはいけないと考えています。特に介護施設は床面積、ローカルルールなど「制約」は多い。それを逆手にとり、魅力に変える解決策をたくさん用意し、模型などを使って仮説と検証を重ねる地道なプロセスは欠かせません。
「ハコ」からの脱却
――「超高齢社会に見合った空間デザイン」について考えを聞かせてください
隈 高齢者の生活や憩いの場を、どんどん「地域の文脈」につなげることです。具体的には、地域の歴史や自然環境、地場産材や産業、地元の商店街や地域活動など様々な要素があります。そして、「高齢者のための心地よい場所を、単なる安定した、閉じたハコの中の、個人的な場所にしないこと」ですね。

「ほしのさとアネックス」木のぬくもりの中に陽が差し込む
ⒸDaici Ano
私たちは今、高齢化問題に直面し不安を掻き立てられています。死生観として「死」に恐怖を抱く人は多いですが、私が考えるに、人というものは「共同体の中で死ぬ」ことで死の恐怖を乗り越えてきたのです。介護施設は終の棲家としての「共同体」が育まれる場所。そういった意味でも、地域とひと続きの生活・共同体の中で生き、死ぬことが人生の潤いや尊厳につながるのだと思います。