苦労の先に得られる成果 ICT人材の育成(後半)【つなぐ支えるICT】
山梨県立大学人間福祉学部・福祉コミュニティ学科の伊藤健次准教授は大学での教育と並行し、厚生労働省「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」の構成員などの活動も行ってきた。後半では介護現場へのテクノロジー導入について、現状の課題と今後事業者が取り組むべきことをテーマに話を聞いた。
■人の手でなくてもいい部分を考える
髙橋 介護ロボットのような新しいものを導入しようとすると、「やりがいを感じられなくなるので嫌だ」といった人も出てくるかと思います。こうしたテクノロジーの導入を阻害する要因というのはどこにあると思われますか。
伊藤 経営者側、働く人、両方にそうした点はあると思いますし、あるいは、介護を受ける当事者など、一般の人たちの意識も絡んでくると思います。「人の手が温かい」みたいな言説もありますよね。もちろん、それはよくわかります。

山梨県立大学
人間福祉学部・福祉コミュニティ学科
伊藤健次准教授
ですが、どんな場面でも人の手でなくてはいけないのでしょうか。少し誤解を招くかもしれませんが、例えば、回転寿司に行って、「まずい」と言う人は少ないのではないでしょうか。ロボットが握り出したシャリに人がネタを載せた寿司にも、安く美味しく、家族で楽しめるという価値があります。一方で、職人が握った寿司には、それはそれで違う価値があると思えます。ネタの吟味の仕方から、単価から全く違う。「寿司と介護を同じにするな」と言われそうですが、でも、高額じゃなくても日常的に楽しめる回転寿司と同じように、「日常の介護」のクオリティーとして安心・安全で快適であれば、全て人の手で介護しなくてもいいのではないでしょうか。
■導入前に環境整備を
伊藤 テクノロジーの導入については長い目で見て欲しいという思いもあります。新しいものを導入するときに、きちんと一定の水準に達するには時間を要します。その水準に至った時に何が生まれるのか、職員や利用者にどのような良いことが生まれるのか、きちんと見通して説明した上で、今までのやり方と比べる必要がある。
自動車産業が伸びた時代と同じで、「馬の方が早い」とか、「ガソリンスタンドなんてそこら中にないから戻ってこないと給油できない」とか、「道路がガタガタで未舗装だから馬なら平気なのに車は走れない」と言っているのが、介護の現状ではないでしょうか。だから、現場をきちんと地ならしして、道路をどこに通すか、そこにどのような車種を導入するか。そこから考えなくてはいけない。
やはり新しいやり方を取り入れた直後は、一時的に生産性が下がる場合が多いと思います。でも、そこを超えた時に見える、得られるものを意識して、エネルギーを入れていける経営者がいないと、テクノロジーはなかなか定着しないでしょう。
髙橋 最後に伝えたいことがあればお願いします。
伊藤 人材確保は本当にシビアになっていると思いますし、今後さらに厳しくなるでしょう。1社単位とか1法人単位レベルの採用が上手くいったとしても、特定の施設に人材が集中して他の法人が衰退し、同時に地域の介護力も失われる、といった状況も生まれると思います。
広域連携のように自分の組織以外のところとも連携し、人材が継続的に育ち続ける環境をつくること。そして楽しく働いて稼いでいる介護職が出てこないと、特に若い人が介護職に憧れるということはないでしょう。
先のWBCでダルビッシュ選手が一生懸命、これから始める子や、若い子たちに野球の楽しさを伝えていました。介護にもそれが必要でしょう。職員が疲れた顔をして働いているところに実習に来た人は「介護が面白い」とは思えない。「職場にめっちゃくちゃ楽しく働いている人がいるよ」という人が増えるように、法人あるいは会社組織にとどまらず業界全体を盛り上げるような動きをぜひ構築して続けていただきたいです。
ロボテ 髙橋健一社長
東京外国語大学卒業。米国留学後、ユニリーバなどで経験を積む。父親の病をきっかけに、高齢期における社会課題の解決を志す。ベネッセスタイルケアの企画経験を経て2014年にアカリエを設立。21年に、同社の「HRモンスター」事業など分社化、robottte(ロボテ)を設立した。