【書評】なぜヒトだけが老いるのか/評:浅川澄一氏

なぜヒトだけが老いるのか
小林武彦著
講談社現代新書
990円(税込)

「老い」が人間社会を生み出した
書名の「ヒト」は「生物種としてのホモ・サピエンス」を指す。生物学者としての著者が、社会的存在の「人」と区別した用語だ。生物全体の中で、ヒトを抜き出し、その「老い」についての学者としての論考である。
高齢者のケアや制度など「人」の世界から視野をずらすと「ヒトの老い」の特異性を教えられる。「ヒト」を知ることで、高齢者への新たな理解が深まりそうだ。
まず、野生動物にはそもそも「老い」がない、とある。老いると他の動物に食べられるか食料が取れなくなり直ぐ死んでしまう。その代わり、死ぬ直前まで生殖できるピンピンコロリの世界だ。例外はペットや動物園を除くとシャチとゴンドウクジラくらいだという。
ヒトは50歳ほどから先は老いの期間で、これが異常に長い。でも、あらかじめ遺伝子の中にプログラムされている死は避けられない。では、老いはどのような経緯で生じるのか。その生物学的メカニズムは本書のほか以前の著書『生物はなぜ死ぬのか』と『寿命はなぜ決まっているのか』に譲り、老いがもたらすヒトから人への変身の指摘に注目したい。
「おばちゃん仮説」の登場である。祖母が育児を手助けし、手のかかるヒトの育児がこなされる。長寿遺伝子を持つヒトが子育てに貢献したため、進化につながった。
おじいちゃんにも、寿命延長への貢献活動があった。長老としての集団の統率力。まとめる力だという。その年長者を筆者は「いいシニア」と名付け、シニアこそが分業社会の調整役、ご意見番として機能を発揮し社会の生産力を伸ばし、生理的な寿命を超える人社会をもたらした、と説く。
書名の答えは、「老いた人がいる社会が選択されて生き残った」ことにある。「選択」を繰り返すことを「進化」とも言う。つまり、シニア、高齢者層がもっと社会を動かす主体になれるはずとエールを送る。
加齢とともに、「利己から利他」「競争から共存、そして公共へ」とライフスタイルは変わるはず。シニアには「公共」を意識した活動こそがふさわしいと提言する。最終章では、あるがままを受け入れる「老年的超越」にまで筆が運び、幸せな死にたどり着く。
かなりの楽観論であり、性善説のようにみえる。生活困窮者や孤独な独居者は「いいシニア」になり得るのだろうか。
評:ジャーナリスト 浅川澄一氏










