【どうなる?認知症基本法】共生社会実現へ一歩
6月、認知症当事者の尊厳を持った生活を支えるべく「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立。また、8月にはアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が承認された。老人福祉法が施行されて60年。認知症改革元年となる今年、そして高齢者の5人に1人が認知症となる2025年を経て、どのような社会を形成していくことができるのか。これまでの政策と今後を踏まえ、考察する。
当事者の尊厳重視 治療薬承認追い風に
認知症基本法はかつて、19年に自民党と公明党によって国会に提出されたもの。当時は与党のみで策定されたこと、加えて新型コロナウイルス感染症への対応により、成立に至らなかった経緯がある。
一方、法案提出と同時に、認知症施策推進関係閣僚会議により「認知症施策推進大綱」がまとめられていた。そして基本法成立によりこのほど、ようやく「共生社会の実現」に向け施策推進がなされることとなる。
認知症基本法が目指すのは、認知症当事者を含めた国民一人ひとりがその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生社会の実現に向かうことだ。
これに向け、内閣総理大臣を本部長とする認知症施策推進本部を内閣に設置。ここでは基本計画案の作成・実施などを司る役割を果たす。なお、この本部内に認知症の人及び家族などにより構成される関係者会議を設置する。岸田文雄首相はこれを「新たな国家プロジェクト」と位置付け、今月にも立ち上げると表明している。
基本的施策は表のとおり。「認知症の人の意思決定の適切な支援に関する指針の策定」といった内容も盛り込まれている。
老人福祉法から60年
振り返れば、60年前の1963年は老人福祉法が施行された年だ。72年には有吉佐和子氏の小説『恍惚の人』が出版され、大ベストセラーとなった。「『恍惚の人』は、日本の老人福祉の遅れを告発するものだった」と一般社団法人医療介護福祉政策研究フォーラム(東京都港区)の中村秀一理事長は話す。その後2000年に介護保険制度が施行されて現在まで、「恍惚の人」のケアは大きなテーマだったといえる。
中村理事長が厚生労働省老健局長であった03年に作成されたレポート「2015年の高齢者介護」がある。介護保険法の下で要介護認定制度が始まってはじめて、認知症の人の数や生活の場所などを定量的に捉えられるようになった。
旧厚生省は1987年に「痴呆性老人対策推進本部」を設け、全国調査を行うこともなく発生率を推計していたが、これは過少推計だったという。ここでは「日本では脳血管性によるものが多く、アルツハイマー型が大半を占める欧米とは逆の傾向がある」と示されていたが、これは当時、国内にアルツハイマー病を診断できる医師が少なかったことが背景にある。
「2015年の高齢者介護」レポートでは、要介護認定者の約半数が認知症であることや居住系施設の入居者の約8割が認知症症状を持っていること、そして認知症の人の大半が在宅で生活していることなどが明らかになった。
中村理事長は「介護保険制度は、認知症に対応できないと半分は意味がない。これが分かって以降、『寝たきりモデル』だけでなく、グループホームや小規模多機能型居宅介護など馴染みの人がケアできる環境を構築してきた」と語る。24 年度に新設される、「通所+訪問」の複合型サービスもそうした側面を持つだろう。
医療・介護連携カギに
認知症の人の数は、25年には700万人近くに上ると推計されている。しかしこの数字も、技術の進歩に伴い変化する可能性がある。今年8月、アルツハイマー病の新治療薬「レカネマブ」の国内製造販売が了承された。認知症の原因物質を除去する初の治療薬であり、軽度認知症及び軽度認知障害の人に対する症状の緩和や進行の抑制といった効果が期待できる。認知症施策の推進において追い風となる出来事だ。
認知症基本法の下、都道府県や市町村に対し、認知症施策推進計画の策定が努力義務として課されている。すでに各地域の特性に応じた計画もつくられ始めているところだ。
基本計画が策定・推進されることで、医療・介護サービス事業者にも中長期的には一定の影響があるだろう。「認知症の人にとってよいケアとは」「よい環境とは」「認知症になっても地域で生活・交流していくには」といった点に、当事者の意見を取り入れながら対応していくことが求められる。

厚生労働省資料より引用
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国民レベルで取り組む好機

一般社団法人医療介護福祉政策研究フォーラム 中村秀一理事長
老人福祉法施行から60年という節目に、認知症基本法が成立した。日本の認知症施策において非常に有意義かつ、高齢者介護の歴史の中でも画期的なことといえよう。
これまでは、早期発見しても手の打ちようがないとされ無力感があった認知症。しかし今年、「レカネマブ」の承認が了承された。早期発見と介入が一層重要と位置付けられ、さらなる医療・介護の連携が必要となる。今後、「早期に発見すれば治る、進行を止められる可能性がある」と国民に伝わることで、本人・家族による認知症診断の受診率も上がるだろう。課題は多いが、より革命的で確実・簡易な検査法が確立されれば、公衆衛生的に取り組みが進むことも考えられる。
しかしまずは、国全体での取り組みへの機運を高める重要な転機として理念を浸透させ、認知症の人と家族の生活を支える基盤構築が目指される。国を挙げ、国民レベルで認知症について考えるための好機と捉えている。