2024年6月12日号 15面 掲載
【書評】人はどう老いるのか/評:浅川澄一氏

久坂部羊著
講談社現代新書
920円(税別)

「元気にこだわらない」「死の準備を」
認知症と死について世間の「常識」を次々に覆す。「常識」を広めてきた医療界に真っ向から異論を唱える筆致が心地いい。
著者は作家として著名な医師である。大学病院やデイサービス、在宅医療の診療所などで診療してきた。その時に接した高齢患者の事例が数多く紹介される。
まだその本態が十分には分かっていない、「不明」なのが認知症だと断言する。従って、喧伝されている予防法に「確実に有効なものはない」。
普及している診断テストの長谷川式スケールは、質問の仕方で正答率はバラバラになると指摘。今話題の新薬、レカネマブも「悪化のスピード」という判断基準に疑問を呈する。そもそも人によって悪化のスピードは違うものだし、評価点数(スコア)と周辺症状との相関性も証明されていないと突く。
副作用を挙げてのレカネマブ批判は聞かれるが、基本的な効能基準への疑問はほとんどないだけに斬新な見解だ。
では認知症への対処法はというと「否定せずに受け入れれば、自ずと時間は穏やかに流れる」と説く。
自然の摂理として「受け入れる」ことが重要だという。死に向かう姿勢にも同様の気持ちが必要だ。絶対に避けられない死のことを、早くから視野に入れて準備をしておくことが重要だと記す。その通りだろう。
死を避けることが良いことだ、と私たちは思わされてきたのは確かだ。命の存在は絶対的で、その継続性を担うのが医療者という枠組みをしっかり「常識」として組み込まれてきた。
そこから悲劇が起きる、と著者は主張する。
その例として、昨年亡くなった作曲家の坂本龍一氏の事例を挙げる。延命治療による最期を迎え、本人は「つらい。もう逝かせてくれ」と漏らしたという。その状況は、死に抵抗したための無用の苦しみ、ではないかと問う。
苦痛のない対処法はというと、自然に任せることだ。「命より大事なことは、苦しまずにいること」とは著者の言葉だ。命を大事にし過ぎるのが日本の現状、と指摘されれば頷かざるを得ないだろう。その風潮に背中を押すのが「家族愛」という独特の感情だ。
家族でなく、自分の死を自分で決める安楽死の法制化も検討されるべき、とも記す。
評:ジャーナリスト 浅川澄一氏










