2024年9月11日号 8面 掲載
Aさんの笑顔 子どもと交流で明るい気分に/女優・介護士・看護師 北原佐和子氏

スタッフが「Aさんが食事のときもおやつのときにも声かけても最近全然出てこなくて……」と困った表情で言う。確かに、食事の際何度となく声掛けしても険しい表情で「さっき食べたから」と言う。お腹はすいていないか尋ねると「だって、さっき食べたから」と何度も繰り返す。
何度となくスタッフが入れ替わりながら声をかけるとふと立ち上がりフロアに出てくる時もあるので、根気よく繰り返し声をかけるが表情が険しいままで自室から出ようとしない。何かしらの理由があるのだと思う。
雑談を交えて食事の声かけをしフロアへ誘いつつ、何気なく「散歩行きますか?」と言うと……立ち上がった!オッと!まさか立ち上がるとは思わず、気持ちが変わらないうちに玄関に誘導する。どうやら散歩時、外履きに履き替えをしていなかったようで、履き替えを促すと険しい表情で「いいわよこれで」と拒否。
AさんはADLもしっかりしていて、入所後1年も経っていない。入所前は旦那さんと暮らしていたので、日々当たり前に自分で着替えはもちろん、外出時は靴も履き替えていた。靴の履き替えすら、数ヵ月しなくなるとできなくなることはよくある。自分の名前の書いてある靴をお見せしても「私のじゃない。履かない。これで行く」と言い張り履き替えるなら散歩に行かないと言う。
そんなところに、別のスタッフが通りかかり「行ってらっしゃい」と声をかけると、「行ってきます」と笑顔で答えて靴を履き替えた!この変化は何だろうと思いつつ表に出る。すると、2歳位のどんぐりのように髪を刈り上げた子どもがボールを持ち父親と歩いている。「面白い髪形をしているね」施設内での表情とは一変して笑顔で話す。子どもに近づくと、はしゃいだ子どもが道路に出て行こうとするのを止めようと「危ないよ」と大きな声をかける。広場に行くと子どもが蹴ったボールを抱えて「もらっちゃうぞ」と子どもから逃げたり、「いくよ、蹴るよ」と声をかけたり、ボールを抱えて鬼ごっこのようにして子どもと遊んでいる。
Aさんのこんなにも楽しそうな満面の笑みを見たのはいつ以来だろう。施設内で意思疎通がうまくいかなかった出来事が嘘のようだった。やはり子どもの力は偉大だと感じる瞬間だった。

女優・介護士・看護師 北原佐和子氏
1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」「ケアマネ女優の実践ノート」
■■■

「ケアマネ女優の実践ノート」
北原佐和子【著】主婦と生活社 1830円(税込)
元アイドルであり、女優歴42年、介護職歴18年のキャリアを持つ著者の北原佐和子氏が、介護の現場で培った優しいコミュニケーション技術をまとめた一冊。介護と演技の共通点を「相手を見つめ、その気持ちを理解すること」と語る著者が〝北原マジック〟と称して介護の現場で活かせるヒントを読者に紹介。介護職員と利用者が共に穏やかに過ごすための知恵を提供する。









