2024年9月11日号  15面 掲載

【書評】その朝は、あっさりと/評:浅川澄一氏

2024年9月15日

谷川直子著
朝日新聞出版
1,870円(税込)

 

 

 

昭和男子の老衰死に娘が「反発」

 

認知症を患う96歳の元中学校教師。「お茶の一杯もいれたことがない」亭主関白、昭和男子で要介護4。85歳の妻と60歳代の2人の娘が、正月を挟み最期の20日間の介護に追われる姿を描いた。
 

小説とはいえ、介護保険サービスや延命治療など現実の制度や課題が詳述され、大いに参考になる。在宅サービスに係る読者は「さもありなん」「自分ならどうするか」と考えさせられる。
 

使うサービスは看護小規模多機能型居宅介護(看多機)である。「今話題の『かんたき』だ」と文中にある。それほど浸透しているのか疑問だが…。
 

認知症を発症して10年。大便の後始末、おむつ交換など家族の奮闘ぶりは介護本の定番だが、娘たちの本音をきちっと掬いあげたのが出色。
 

「この一人の男のために女たちは自分の人生を奪われている」「親世代は家事にノータッチなことに何の罪悪感も抱いていない」「結局女ばっかりだよね、大変なのは」――とある―。
 

父親が敬愛する小林一茶の句が小説に奥行きをもたらす。「死支度致せ致せと桜哉」「ちる花やすでにおのれも下り坂」など老いの心境を我が身と重ねた句が次々現れ胸を打つ。
 

だが、その一茶の3度の結婚は、言語障害になった自身の介護要員を求めたのであり、「男の身勝手はいずこも同じ」と娘に語らせる。一茶も形無しだ。
 

延命治療の問題にも踏み込む。母親は父親に代わり、胃瘻や中心静脈栄養などは拒むが、「点滴はするよ」と言い張る。「延命治療は点滴から始まっている」と作者は記すが、「点滴を延命治療というかどうか、ここが難しい」と判断を棚に上げてしまう。「点滴で復活する高齢者がいるからだ」とその理由を挙げ、娘も「義父は何ヵ月も生きてた」と唱える。
 

点滴の特別視がこの母娘の対話を通じて良く分かる。「点滴を止める」という医師の言葉で、家族は最期の時だと認識する。点滴問題は根が深い。
 

認知症の薬、アリセプトにも言及する。「効かんどころか、副作用で狂暴化して大変やったんよ、あの薬」「そうやったそうやった」と母と娘の会話が弾む。
 

そして、主役の男は下顎呼吸の後、家族に囲まれ静に旅立つ。死亡診断書には老衰と記された。老衰死の現代モデルのひとつといえるだろう。

評:ジャーナリスト 浅川澄一氏

 

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