2024年10月9日号 7面 掲載
ホームでの採血 職員の緊張は利用者に伝播する/女優・介護士・看護師 北原佐和子氏

昨年末よりグループホームのケアマネジャー業務をスタートした。主に週末勤務のため訪問診療担当医となかなか会えずにいたが、この2ヵ月ほどは訪問診療日に合わせて勤務調整をしている。
そんなある日の診療日に、2名の採血があった。医師はまず診察のみの人を診る。さて採血の2名。2名は向かい合って座っている。フロアでAさんの採血が始まる。
高齢者の血管は、硬くなったり蛇行したり皮膚の弾性が低下したりと採血がしにくい状態の人がいる。Aさんも見る限り難しいタイプと一目で分かった。自分も日々経験しているので、血管が一目で確認できない人に直面した時の心情は痛いほど理解できる。看護師が悩みつつも医師との連携で注射器をゆっくり引くなどいろいろ工夫して時間を掛けながら採血を行っている。傍に座る利用者も固唾を吞み同じように緊張していた。テーブルの上に置いてあるものを採血の作業の邪魔かもしれないと思う配慮から片付けてくれる。その動きも静かにゆっくり椅子を引き足音を立てないように歩くなど、採血の邪魔をしないように意識している。
看護師の努力の甲斐もあり、時間はかかったが採血は無事に終了。スタッフも緊張がほぐれ安堵した瞬間、目の前で全てを見ていたBさんが「私は部屋に帰ります」と立ち上がる。
いやいや困った。「これから採血なのでこちらに座ってください」と伝える。駆血帯を巻くのには応じたが注射針を刺す寸前に「いやよ!」と手を引いた。何とか場を和ませようと「反対側の方がいいですかね」などと本人にとっては意味不明な対応をしつつ右手に駆血帯を移動させる。今度は「嫌よ、嫌なのよ」と激しく抵抗した。
利用者は感受性が高く緊迫した空気を感じ取る力が長けている、と改めて感じた。Aさんの採血の一部始終を見ていた中で、いたたまれなくなり一気に感情が噴き出てしまったのかもしれない。医師に「すみません。多分、目の前で見ていて緊張して辛くなってしまったんだと思うんです」と伝えると、先生もその気持ちを汲み取って下さり、採血は次回となった。
勤務して数ヵ月では言えない医師への言葉だったかもしれない。利用者にとって、安心・安楽な環境づくりを今後も大切にしたいと思う。

女優・介護士・看護師 北原佐和子氏
1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」「ケアマネ女優の実践ノート」










