2025年5月7日号 10面 掲載
生きると活きる/女優・介護士・看護師 北原佐和子氏

「その日の目標」を達成する
「生きる」と「活きる」。最近この言葉の違いを日々の生活や仕事をしながら考える。辞書を引くと「生きる」は人間の存続そのもの。「活きる」は生きる源泉となる価値や資源が引き出される状況を表すとある。私は、末永く自分の体を活かして「活きる」を実感した日々を過ごしたいと思う。
最近、私の働く施設の近所に住まわれている高齢の女性(Aさん)が施設の近くで座り込んでいるのを何度か発見された。息子さんと2人暮らしらしく、連絡すると「歩けるので歩いて帰らせてください」という。前回の発見時も同様の回答だったが、結局息子さんが迎えに来て一緒に帰られた。
Aさんに話しかけると「左耳は聞こえないけど、右なら何とか聞こえる」という。右耳の近くで話しても聞こえにくいようで私の言ったことを咀嚼するような表情で考え込み、ずいぶん時間が経った頃に返事が返ってくる。分かっていないと判断され、認知症と思われてしまいそうだ。
傍らに座っているとぽつぽつと話し出し「昨日、茶碗が割れたから、あるか分からないけど買いに来た。近くに買い物できるところがない」。「この間はうまくいったんだ。○○町の○○銀行に電車で行った」という。そうか休み休みなら問題なく歩けるのか……。とりあえずタクシーで帰ることになり、左側に2本置いていた杖を自分で両手に持ち、椅子から立ち上がる。両脚はしっかり床につき、ふらつきや膝折れもなく安定した歩行状態。これならタクシーまで歩ける。歩きたい気持ちもあって買い物に出たのだろうから乗るまでの距離は歩いてもらいたい。と思うものの、ほかのスタッフが車椅子を持ってきた……。
先日発見されたとき息子さんは歩いて帰らせてくださいと言っていた。2人暮らしとなれば、母には自分のできることは自分でしてほしい。そうでなければ、今の生活が維持できなくなる。そしてとても印象的だったAさんの「この間はうまくいったんだ」という言葉。ご自身も末永く息子さんとの生活を維持したいからこそ、自分のことは自分でしたい。家を出るとき今日はこんなことをすると目標をかかげる。目標を達成した時にまだ少し頑張れるかな、と思えることはAさんにとって喜びで「活きる」ってことなんだろう。

女優・介護士・看護師 北原佐和子氏
1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」「ケアマネ女優の実践ノート」










