2025年7月9日号 15面 掲載
【書評】ケアと編集/評:浅川澄一氏

白石正明著
岩波新書
1,056円(税込)

改変でなく、モノサシを変える
医療系出版社の医学書院が2000年から刊行し続けている「ケアをひらく」シリーズへの評価が高い。熊谷晋一郎の「リハビリの夜」、伊藤亜紗の「どもる体」、国分功一郎の「中動態の世界」、川口有美子の「逝かない身体」など傑作、力作がそろう。シリーズを創刊し、25年間で43冊を編集者として手掛けてきたのが著者である。
著者は昨年3月に定年退社した。これまでのシリーズ本を振り返り、執筆依頼の経緯や執筆者たちとのやり取り、交流などを前向きに打ち明けながら「学び」の過程を綴るのが本書である。取り上げる症状は精神科を軸に多岐にわたる。吃音、自閉症、発達障害、依存症、躁うつ病、過食嘔吐、認知症、ALSなど。
これらに向き合うケアは医学、治療と対置される。「未来の善きことのために現在を『手段』にするのが治療」。ケアはその逆で「現在の不快を減らし、快を享受するシステム」とし、社交や対話に通じるとみる。
「治療という名で『改変』するのが医学である。一方、(ケアは)モノ自体には手を付けずに周囲との関係を改変する」。弱者の特徴である「傾き」の視点から構図を見直す。それが編集の仕事に似ているという。
なかでも、北海道で精神障害者と共に歩む「浦河べてるの家」の運営者、ソーシャルワーカーの向谷地生良さんから深く大きな影響を受け、「先生」と位置付ける。シリーズ本としても「べてるの家の『非』援助論」や「べてるの家の『当事者研究』」などに結実させた。向谷地さんの発想に何回も感動したという。
ある考え方に対し「信じる/信じない」の二項対立に陥りがちだが、向谷地さんは「そのどちらでもない『ちょっと信じる』を持ってきた」「先に『信』のカードを出すことで私とあなたの間に『信』が少しづつ具体的に生成してくる」との話に頷くばかりだ。
「モノサシを変える」指摘が随所にあり、思わず膝を打つ。発達障害の障害症状は実は「世界を粗く見る人と細かく見る人のあいだに生じる齟齬としてとらえればわかりやすい」と解き明かす。
医学との違いだけでなく、現代人の普通の価値観をも揺るがすことになりそうだ。「自立/自律志向」「効率志向」はケアとかけ離れている、と本書冒頭で宣言した意味が、数々の事例で納得させられる。
評:ジャーナリスト 浅川澄一氏










