私の家族ケア 両親のケアはこれから正念場/女優・介護士・看護師 北原佐和子氏

「介護保険料を支払っているけど、使わないからもったいないな」と89歳の父は言う。数年前に、自分の歯が28本残っていることで市から表彰されるほど元気だ。そんな父が傘寿のお祝いの直前に転倒して肋骨を骨折した。
私の両親は外出の際、ガスの元栓と電気のヒューズをオフにして出かけるのだ。もうその必要はないと、どれほど説明しても理解しない。私の家に来ても、帰る時にはガスをオフにしていくのだから、私が帰ると、「火が着かない!」と驚くことが何度もあった。
その日、父は外出から帰り、椅子を踏み台代わりにして電気のヒューズをオンにしようとした時バランスを崩して転倒。肋骨を骨折した。お見舞いに行くと「窮屈なコルセットをして、痛いし動きたくない。でも食事は食堂で取りなさいと看護師さんに厳しく言われて辛い」とぐちをこぼしつつも入院からの混乱などもなく、認知症症状が出るということもなかった。
あれから来年で10年、卒寿を迎える。現在は見事な復活で、毎日20キロを朝夕歩いている。どこに行くといった目的もないのにどうしたら20キロも歩けるのか教えてほしいほど元気だ。耳は遠くなったとは思うが、足腰は腰痛持ちの私よりよっぽど元気だと思う。
そして、母の方は数年前に階段から転落した。その時はすでにコロナ禍で、治療がままならない状態で退院をした。父同様歩くのが好きで1人でウォーキングツアーなどに参加するほどの人だった。小柄ながらも姿勢が良かった母の背中は見る見るうちに曲がってしまった。今も常に痛みがあるという。その痛みをかばっての姿勢なのかもしれない。
どんな時も弱音を吐かない母、常に強気な母。痛みの有無を聞いても、コルセットをするように伝えても「痛いけどいいのよ。ゆっくり歩けば」とあまり介入してほしくないような言葉が返ってくる。強要してもと思いつつ、辛そうに歩く姿を見ていると、悲しさから何故もっと素直になれないの?そんな思いから厳しい言葉が出てしまう。
私の勤務するのぞみメモリークリニックは認知症専門。診察時に受診者と家族の相談を多数受けるが、実際自分の家族との課題にどう向きあうか、これからが私の正念場となりそうだ。

女優・介護士・看護師 北原佐和子氏
1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」









