2024年8月14日号 10面 掲載
利用者同士のいざこざ 些細な不和が不穏の原因に/女優・介護士・看護師 北原佐和子氏

ここ最近、利用者のAさんに変化が起きている。お食事ですからフロアにお越しくださいと伝えると、「お父さんが川に塗り絵を取りに行っているから部屋で待っている」「爪切りをお父さんが持ってきてくれるから待っている」――と答える。セリフはその日によって違うのだが、スタッフが入れ替わっても、その日の決まり文句を繰り返し、表情も険しく部屋から一向に出てこない。
部屋にお茶をお持ちして、「飲み終わったら流しに持ってきてくださいね」とお願いすると、空のコップを持ち部屋から出て来てくれた。食事の準備ができています、と伝えると何事もなく席について食事を始める。対面に座っている利用者は食事が終わっているので必然的にAさんの食事に注目する。
するとおかずを食べ終えたお皿を見て、対面に座るSさんが、「食べたなら片づけなさいよ」とイラついた様子で声を掛ける。「まだ食べているんだから」と険しい表情でAさんは答えるもSさんは「何言っているのよ。こんな遅くに食べて。みんな食べ終わっているじゃないのよ」と強い口調で言う。このSさん、スタッフに聞くとここの所とても口調が強くなっているという。
Sさんは現在95歳。若い頃より看護師をしていて、上に立つ人であったという。規律を重んじる部分が急によみがえって指摘せずにはいられない気持ちになっているのか。「今はお食事中なので見守ってあげてください」と伝えると「あんた達もしっかりしなきゃダメでしょう」と言われた。「そうですね、すみません」。こんなやり取りをしている時に、Aさんは食器を抱えて別の席に移動してしまう。Sさんが落ち着き何も言わなくなると、また自席に戻り食を進める。
ある時のSさん。食器拭きをしている利用者を見て、「あなたの拭き方は遅い」と指摘をしていた。言われた当人は「何を言っているのよ」とやはりむきになっていた。それを見ていたAさんは眉間にしわを寄せSさんへ「いちいちいいじゃない。もういやだわ!」と激しく言い顔をそむける。部屋から出なくなり、不穏なことを言い出すようになった理由の一因がここにあるのだろうか。
日常の一コマだが、穏やかに笑顔あふれた日々を過ごしてもらうのはなかなか至難の業だ。

女優・介護士・看護師 北原佐和子氏
1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」









