2025年12月10日号 15面 掲載
【書評】AIに看取られる日/評:浅川澄一氏

奥真也著
朝日新書
957円(税込)

安楽死を含めてACP(人生会議)を
著者は東大医学部出身の医師。同大付属病院などを経て医療ビジネスに関わり、現在、東京科学大学特任教授である。社会全体の中で日本固有の医療のあり方を問い続けている。
書名はいささか挑発的である。看取りの前にまずAI(人工知能)医療の急激な普及を受け入れる。結果として、医師よりも正確な診断や治療法が可能になるという確信があり、その前提で筆を進める。
医療の世界がAIで一変してしまう。「名医はいらない」「ヤブ医者がいなくなる」「問診のデータベース化」「医師とAIの主従関係は逆転」「医師は特別な職業でなくなる」――。これらの中見出しからも、変貌ぶりを前向きにとらえる姿勢は明らかだ。
AIによる誤診の責任を車の自動運転の事故と比べて論じる。さらに、医師不足、OTC薬、オンライン診療、フリーアクセスなど日本の医療問題を網羅し、医療費削減への提言まで話が及ぶ。そして最終章で、「看取り」に到達する。
AIの勢いは認めつつ、まだ不得意な分野があるという。患者の「意思に寄り添う」ことだ。中でも人生最期の時の「看取り」は、いまだにAIの出番ではなく人間医師の聖域であり、そこでは患者の自己決定が重要となる。自らの意思で死を選択する安楽死問題は避けられないテーマだと訴える。
海外での安楽死法制化の進展やスイスで安楽死を遂げる日本人の動きをたどり、「社会はその方向に進んでいる」と断言する。自身も「医師による自殺幇助は認められるべき」と立場を明かす。
ところが日本社会での安楽死は「医師任せの『グレーゾーン』」の状態が続いている。なぜか。忌避感が社会を覆っていることと、「延命こそ医師の使命」とする医療側の伝統的な価値観が強いからだ。
さらに、国もタブー視に加担しており、その象徴例がACP(人生会議)だと糾弾する。死について考えさせようとしているのに、「安楽死の概念は抜け落ちている」と言う。その通りだろう。医療関係者がこれほど真っ向からACPの「欠陥」を論じるのは珍しい。
AIを知悉した著者が、まだAIの手が及ばない「寄り添う」思いを強調し、安楽死に賛同するという本書の筋道は多くの読者の共感を得るだろう。読みごたえ十分だ。
評:ジャーナリスト 浅川澄一氏










