2026年2月11日号  15面 掲載

【書評】その人らしさ なくならない/評:浅川澄一氏

2026年2月15日

恩蔵絢子著
大谷たらふ絵
大泉書店
1,870円(税込)

 

 

 

「海馬」傷ついても、「しるし」は残る

 

認知症介護者の体験本だが、前半は絵本というユニークな作りである。著者は脳科学者。脳の専門家なのに当初、母親が認知症と診断されると「母は母でなくなってしまうのか」と素人のように戸惑う。その後の考察で書名のように「変わらない」という結論に達した。なぜか、その研究過程を文字と絵で明かす。

 

絵本では、認知症の母親が抱く不安や動揺と娘の対応法が描かれる。15の見開きページで構成。後半の11頁で研究者として認知症による記憶喪失の仕組みを解明する。

 

母親は10年前、65歳で脳内の「海馬」の衰弱からアルツハイマー型認知症と診断される。著者は36歳だった。以後、母親が旅立つまで、両親と同居しながらの8年に及ぶ介護が続く。

 

著者は、海馬の衰弱は新しい出来事の記憶を蓄えられないだけのことだと強調する。即ち、短期記憶を長期記憶に変換する海馬の役目が果たせなくなる。脳には海馬の外に他の細胞が沢山あり、その記憶機能は失われない。アルツハイマー型の特徴だ。

 

過去の記憶は大脳新皮質に貯蔵されている。だから、すぐ前のことは貯められなく忘れてしまうのに、昔のことははっきり覚えていることがよく起きる。

 

自転車乗りや包丁さばきは大脳基底核と小脳の働きで維持され続ける。戦争体験など感情を揺るがす大事件も偏桃体を通じて大脳新皮質を刺激し記憶に残るという。

 

こうして科学者ならではの見識が平明に叙述される。認知症の説明の大多数は精神科医など医療側からだが、脳科学者の分析は立ち位置が異なり新鮮だ。

 

わずか11頁だが、アルツハイマー型認知症による記憶や感情、暮らしなどへの影響を具体的に説く。そうした科学的知見を日々の生活の中でどのように取り入れたらよいのか。その答えが、絵本の中で描写される。

 

絵本では、母親が抱く不安が提示されるとともに、著者が母親に不安の解消法を語りかける。絵本ならではの分かりやすい方式だ。例えば、「手伝ってくれる人がいたら」「言葉でなく歌でも気持ちを伝えられる」というように。

 

そして、海馬以外のところに母の「しるしが残っているんだよ」と諭す。読者への素晴らしいメッセージだ。論文と絵の二刀流。巧みな試みと言えるだろう。

 

評:ジャーナリスト 浅川澄一氏

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