2026年3月11日号 15面 掲載
【書評】認知症と性とウェルビーイング/評:浅川澄一氏

ダヌータ・リピンスカ著、寺田真理子訳
全国コミュニティライフサポートセンター
2,860円(税込)

「性」は人として当たり前のこと
高齢者ケアの現場で、困った言動としてよく挙げられるのが利用者の性に関わる出来事だろう。食事や睡眠、排泄でのトラブルは関係者の間できちんと話し合いがもたれる。だが、性については皆押し黙ってしまいがちだ。タブー視される。
本書は、飲食などと同じく性交は人間の根源的な欲求であるという大前提を掲げて議論を進める。あっけなくハードルを越えてしまう。
人間の当然の欲求だから認知症であろうが、なかろうが変わらない、と説く。なぜかという問いに対し、「パーソンセンタードケア」の考え方で解きほぐしていく。英国の心理学者、トム・キットウッドが40年近く前に提唱した「認知症の人の視点に立つケア」である。
原書は8年前に出版され、訳者の寺田真理子さんが7年前から出版社を回りだしたが10社で断られたという。ケア現場での性、それも認知症が加わり「危険な」テーマと見られたのかもしれない。訳者あとがきで「執念の翻訳書」と記すのも頷ける。
著者のリビンスカさんは米国と英国で活動する看護師である。認知症の人の性に関わる長年の研究者であり、介護施設で看護部長としの経験も積んだ。
「私たちは生きている限り性的な存在です」「認知症の人には、触られることや抱きしめられることが大切」「性行為は楽しく望ましいものです」―――。性への基本的な考え方が随所で語られる。ウェルビーイング(心身の満足状態)の向上につながると力説する。
性をタブー視するのは、高齢者や認知症の人への差別につながりかねない。事例を上げながら、性的行動の背後に実は極めて人間的な欲求があるとも指摘する。
全体の文章は研究論文のようだが、巻末に掲載された日本語版だけの特別コラムで印象が一気に変わる。5人の介護関係者の寄稿である。
宅老所はいこんちょの小林敏志さんと駒場苑統括施設長の坂野悠己さんが共に、「(男性利用者へ)エロ本を手渡したら機嫌がよくなった」と記す。利用者本位に徹した実践例といえそうだ。でぃぐにてぃの吉田真一さんは「水商売や性風俗サービスの導入」を提案する。
本書がこじ開けた性への新境地が、今後、各地で広がることを期待したい。
評:ジャーナリスト 浅川澄一氏










