特養の医療アクセスに課題/医療法人社団 悠翔会 佐々木淳氏【連載第32回】

2022年6月7日

4月28日に厚労省から発表された調査報告によれば、新型コロナ感染症に対し、施設内での治療体制確保ができた高齢者施設は全国で65%にとどまること、医療リソースの豊富なはずの東京でも、わずか34%にとどまることが明らかになった。

 

私も取材に協力した朝日新聞の報道では、特養運営者による脆弱な医療提供体制に対する「嘆き」が紹介されていた。高齢者施設における類型の中でも、特に特養の医療アクセスの悪さは以前から際立っている。

 

 

言うまでもないが、高齢者施設には要介護高齢者が多数入居している。多くは独力での通院が困難で、継続的・計画的な医学管理を要する基礎疾患を持っている。看取りを視野に、人生の最終段階を生きている人も少なくない。従って、高齢者施設には24時間体制の在宅医療が提供されていることが一般的だ。

 

しかし、特養と老健には、原則として在宅医療は入れない。老健には常勤医が配置されているが、特養に常勤医師が配置されるケースは稀だ。配置医師の多くは嘱託医として、週のうち2〜3時間程度、施設を巡回するにとどまる。

 

 

 

適切な医療支援で変わる特養

 

特養の入居者は要介護3以上、医療依存度は他の施設類型の入居者よりも一般に高い。しかし、特養だけは在宅医療の提供が厳しく制限されている(亡くなる前の1ヵ月間のみ)。私はこのことに以前から強い違和感を持っている。

 

日本は国際的にみても病院死率の著しく高い国だ。オランダの病院死率は約30%、スウェーデンは約40%、対して日本は70%以上が病院で亡くなる。なぜ病院死率が高いのか。それは在宅死率が低いからだ、と返されそうだが、実際には日本の在宅死率(15.5%)は、たとえばスウェーデン(在宅死率20%)と比較しても、そこまで低くはない。低いのは施設死率だ。

 

オランダでも、スウェーデンでも全死亡のうち約4割が高齢者施設での死亡だ。対して日本の施設死率は11.6%。伸びしろが大きいのは、実は高齢者施設での看取りなのだ。日本の病院死率を下げるためには、施設での看取りをもっと進めていかなければならない。

 

 

特養においても、看取りの取り組みは着々と進んでいる。しかし、在宅医療が入らないという医療アクセスの悪さは、時にその取り組みの阻害要因となりうることが、老健局の調査事業等でも明らかになっている。私も研究員として参加した令和2年度の調査では、看取りが受け入れられないとした特養において、施設での看取りをサポートしてくれる医師・医療機関がないことが主たる要因の1つとして抽出された。

 

配置医師緊急時対応加算(配置医師が休日・夜間に入所者の急変等の対応をした際に算定される)については、8割以上の施設において加算なし、その理由として、配置医師が緊急対応できない(44.4%)、配置医師との契約に緊急対応が含まれない(19.6%)、緊急時にはすべて救急搬送で対応する(25.6%)などがあげられた。いずれも在宅医療が入れられれば、すべて解決する問題である。

 

 

出典元:令和2年度老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分)「高齢者向け住まいにおける運営形態の多様化に関する実態調査研究」「特別養護老人ホームにおける看取り等

 

 

 

医療法人社団悠翔会は、看取りができる特養を増やすべく、配置医師業務も積極的に受け入れている。そして、特養においても、訪問診療に準じた医療を提供している。具体的には、特定施設など他の施設在宅医療と同様、入居者の「定期診療」に加え、緊急往診を含む24時間対応を行う。入居者が必要とし、施設で実施可能な医療はできるだけ施設内で完結し、もちろん緩和ケアや看取りの支援も行う。

 

私自身が嘱託医として関与したある特養(入居者70人)においては、関与前の年間総入院日数1 7 0 7日・看取り率0%に対し、その2年後、総入院日数は98日(94.3%減)、看取り率は92.3%と著増した。施設の多職種との円滑な連携が前提であることは言うまでもないが、特養における24時間の医療支援が入ることで、救急搬送や入院、病院死を大きく減らすことができることを示した。

 

 

この特養の場合、訪問診療に準じた医療提供によって、総入院日数を1600日以上減らしたことになる。後期高齢者の1日あたりの入院単価は約3万円。つまり、年間で4800万円の入院医療費相当分となる。これを入居者1人あたりで計算すると年間約69万円。1ヵ月あたり5.7万円を削減したことになる。

 

施設の集団診療の場合、入居者1人あたりの訪問診療の診療報酬は月1 万円弱。仮に訪問診療を導入したとしても、それにかかるコストよりも、圧縮できる入院医療費のほうが圧倒的に大きくなる。

 

 

在宅医療が入ることによって、これまでケア専門職が主体となって作ってきた生活モデルが、医学モデルによって支配されるのではないか、あるいは、職員の医療への依存を生むのではないかという懸念の声もある。確かに、最小限の嘱託医の関わりで素晴らしい看取り援助ができている施設も存在する。

 

しかし、現状、医療提供への限界から、救急搬送や病院での死亡診断を選択している特養は少なくない。ケア専門職が安心してケアに望める体制を作るためにも、必要に応じて24時間体制の在宅医療が選択できることは重要ではないか。 また、現状、安価な嘱託医報酬でなんとか回っているのではないか、という指摘もある。しかし、往診料すら算定できない制限の中で、本当に入居者にきちんとした医療を提供しようという志の高い医師はそう多くはない。コロナ禍における特養での体制の不備の多くも、責任に見合わない報酬の低さが1つの要因になったことは間違いない。

 

 

 

医療費削減と職員の安心 在宅医療介入の合理的理由

 

今後、特養に求められるケア対応力はますます大きくなっていく。

 

医療機器の管理など生活を支えるために必要な医療、発熱や外傷など緊急時に求められる医療、がんなどの苦痛緩和に必要な医療、そして人生の最終段階に関わる施設のケア専門職をエンパワメントするための医療…

 

配置医師でできることももちろんある。しかし、そこに在宅医療という選択が加わることで、より、入居者にとっても、施設のスタッフにとっても、医療者にとっても、そして救急医療システムや社会保障財源にとっても、有益な医療アクセスが実現するのではないだろうか。

 

 

 

佐々木 淳 氏

医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長

1998年、筑波大学医学専門学群卒業。 三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

 

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