家族の認知症 「相手の“世界”に入ってみる」/女優・介護士 北原佐和子氏
先日久しぶりに会った友人が「母が夜中になにやら誰かと話しているの」と急に切り出してきた。
「初めのうちは気にも留めなかったんだけど、歌とか歌ってる時もあるのよ。それも誰かと一緒に歌ってる感じなの。最近はそれが頻繁で思うように休めないの」。むむむ……。思わず「ちょっと!誰も居ないわよ、いったい誰と話しているのよ。いい加減にしてよ」とイラっとした心の声が出てしまいそうだ。
私もゆとりのない時などは、親に対して感情的な言葉を発してしまう。仕事柄全く大丈夫です!なんてことはなく、相手が自分の親となるとこれは別。それはさておき介護の経験のない彼女になんと言えばよいか……。
忘れもしない、私が介護の仕事を始めたころのこと。利用者さんに、自分の娘さんのお名前で声をかけられ、「私はスタッフの北原です」と最初は答えていたのだが、その頻度が増えるうちにどうしたら良いものか分からず、戸惑いながらも話を合わせていた。
ある時、嘘をついていることに苦しくなり先輩に相談したら「嘘をついていると思うのではなくその方の世界に入ってみたら」とアドバイスを受けた。そうか!と気持ちよく落とし込めた。
友人にも「お母さんの世界に入って会話をしてみたら」とアドバイスした。もし夜中に誰かと話していたら、「お母さん誰と話しているの?遅い時間だから気を付けて帰ってもらってね」や「もう帰ったみたいだから、歌はまた明日にして休みましょうか」などお母さんの今いる、見えている世界を否定せずに声掛けをしてみるのはどうだろうと伝えてみた。
私の母も84歳で、幻視やいろいろな症状が見え隠れしている様子。父が近所の誰かと仲良くしていて、その人を連れてくる。その人が家の中の物を持ち出すから、いろんなものが無くなる、と言う。一応父に確認すると、「そんなことするかいな」と少しあきれた表情だった。
このような母の言動で父が日々翻弄され、時に傷ついているであろうことも想像できる。私は若くして家を出ているので、母とゆっくり話す機会もなかった。そういう意味では、母の生きてきた世界に興味もあるし、母を独占できるチャンスかも。
そう考えて母の世界に今から少しずつお邪魔させてもらおうかな。
女優・介護士 北原佐和子氏
1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」