増加する施設内虐待事故の原因と対策②/安全な介護 山田滋氏
前回に引き続き現場で必要な「虐待事故防止活動」について具体的な取り組みをご紹介します。
〝接遇改善〟でモラル向上
(2)職場のモラル低下によって発生する虐待
不適切なケア(乱暴なケア)が蔓延して暴言暴力へ発展する虐待のケースなのですが、どんなきっかけで、不適切なケアの蔓延が始まるのか具体的な事例でご説明します。
■二人で夜勤をしていたAさんとBさんは、ヘルパーステーションでホッと一息入れました。いつまでも寝ない認知症の利用者が寝てくれたので、しばし休憩を取ろうとしました。
Aさんが「あの婆さんこっちの迷惑も考えずに、夜なよな良く暴れるなあ」と言うと、Bさんが「食後に強い睡眠剤飲ませてイチコロという訳にいかないですかね」と返しました。Aさんが、「あの婆さんに薬は効くのかね」と言って二人で笑いました。我慢して溜まった鬱憤が少し晴れて、二人は楽な気持ちになりました。
次にAさんとBさんが夜勤で一緒になった時、Aさんが言いました。「あの婆さん、今夜も騒ぐのかな」。Bさんが答えました。「無視しましょうよ」と二人は安堵と連帯感から笑いながら、いつもより楽な気持ちで夜勤を始めることができました。
こんな小さな職員の憂さ晴らしがきっかけで、フロア全体、施設全体にモラル低下が広がっていきます。人の悪口は瞬間的に心が晴れる気がします。次第に、人目を気にせずに職場でも平気で話すようになります。こうして施設全体のモラルが低下し不適切なケアへと発展してしまうのです。では防止対策はどうしたら良いでしょうか?
まず、どのようにモラル低下が発生し広がるのか、管理者やリーダーがその仕組みを理解します。そして、乱暴な言葉遣いや不適切な介護に素早く気づき、迅速に対策を講じます。私たちはモラル低下の兆候が見られたときに、次のような様々な対策を講じました。
・認知症のBPSDを理解し改善する取り組みを自主的に行ってみた
・「丁寧な言葉を利用者にかけよう」と接遇改善に取り組んだ
・他の職員に悪影響を与える職員をデイサービスに異動させた
・乱暴な言葉や不適切な介護を行う職員をリーダーが個別に指導した
これらの取り組みの中で最も効果があったのは、接遇の改善でした。丁寧な言葉を遣うことでモラルは向上します。
(3)著しく適性の欠如した職員による虐待
介護職としての適性が著しく欠如した職員は、衝動的または確信犯的に虐待行為を犯します。なぜこのような職員が増えてきたのか、理由は明白です。職員が採用できないので、以前であれば不採用だった適性が著しく欠如した職員を採用せざるを得ないのです。事例をご紹介しましょう。
■介護付有料老人ホーム(100床)の新規開設時、開所ギリギリまで職員が集まりませんでした。34名の介護職員のうち、未経験かつ無資格の職員が21名、知識・技術修得のための集合研修期間は僅かで、開設後のOJTが中心でした。経営者からは「早く満床にしろ」と催促されます。
採用された職員の中に、言葉も振舞いも粗野で介護には不向きとわかる職員がいました。主任はその都度指導しますが、一向に改善せず管理者に辞めさせて欲しいと進言しました。ところが、管理者は「職員の採用ができないから」と取り合ってくれません。
ある日その職員は利用者を殴り、「態度が反抗的だったから」と言いました。懲戒免職となった職員のSNSには「元々介護職なんて合ってなかったんだ」と書かれていました。
介護は誰でもできる仕事ではありません。その人の資質・性格(適性)が大きく影響する職業です。ですから、著しく適性が欠如していて業務に支障(リスク)が発生するような人材であれば、試用期間中に解雇しなければなりません。
しかし、事例のように管理者が解雇してくれませんから、正規採用されて色々な問題を起こします。私たちは、介護職員として不適切な行動や介護があった場合は、管理者が指導して指導報告書を法人本部に提出する仕組みを作りました。度々指導報告書が提出された職員は、配置転換などの対応を行っています。
安全な介護 山田滋代表
早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険株式会社入社。2000年4月より介護・福祉施設の経営企画・リスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月より現株式会社インターリスク総研、2013年4月よりあいおいニッセイ同和損保、同年5月退社。「現場主義・実践本意」山田滋の安全な介護セミナー「事例から学ぶ管理者の事故対応」「事例から学ぶ原因分析と再発防止策」など