日本から薬が消える日 新薬、後発品も入手困難に/武藤正樹氏
これまで「薬はあって当たり前」と思われていいた。しかし、その薬が手に入り難い状況が続いている。
日本は、先進各国では当たり前のように使われている画期的な新薬が手に入らない国になっている。2020年、先進諸国で上市されている新薬243品目の7割にあたる176品目が日本では上市されていない。そのトップは抗がん剤だ。
事の発端は16年の薬価制度改革。この改革の引き金になったのが、「オプジーボ」だ。
14年に承認されメラノーマや肺がんに画期的な効果のあるオプジーボはバイオ医薬品でもあり、その薬価は高額だ。当初1年間投与で1人当たり3500万円かかり、対象患者5万人に投与すると、なんと1兆7500億円にも上る。このため大幅な薬価引き下げが毎年のように行われることになった。新薬企業は日本の市場を敬遠して、新薬を上市しなくなった。上市しても新薬の開発コストを回収する見込みが立たないからだ。
日本では新薬開発も停滞気味だ。最近の新薬開発は創薬バイオベンチャーが行うこと多い。しかし国内では創薬ベンチャーがほとんど育っていない。1990年代後半に化学合成で作る低分子薬開発のゴールドラッシュが起きた。この成功のため製薬企業のバイオ医薬品への業態転換が遅れたのだ。日本で今から欧米や中国に伍して創薬を行うのは至難のワザだ。
また後発医薬品も今や手に入らない。その始まりは21年の国内の後発医薬品企業の品質不祥事。それを契機に後発医薬品企業の品質チェックが行われ、不正が次々と見つかり製品回収や出荷調整に追われている。22年8月には後発医薬品を中心として、およそ4000品目の医薬品が手に入りづらくなった。最近では外来で薬を処方しても調剤薬局から「その薬はありません」と言われるのが日常茶飯事になってきた。
背景には国の後発医薬品使用の急拡大政策がある。後発医薬品使用の数量目標の導入や診療報酬上のインセンテイブの導入により、05年以降、後発医薬品市場は急拡大し、20年には数量シェアで特許切れの医薬品の8割までに達した。そしてその医療費削減効果は21年には1兆9000億円となった。こうした後発医薬品市場の急拡大と後発品の薬価下落で、後発医薬品企業の品質体制がおろそかになった。
ここへ来て日本では、1人当たりGDPの下落が止まらない。日本は経済大国から「経済中小国」へと向かっている。創薬や医薬品供給は国力を反映している。国の経済が縮小する中、「医薬品が日本から消える日」が刻々と近づいている。医薬品の光をなんとか消さずに灯し続ける努力が必要だ。
武藤正樹氏(むとう まさき) 社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ相談役
1974年新潟大学医学部卒業、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中86年~88年までニューヨーク州立大学家庭医療学科に留学。94年国立医療・病院管理研究所医療政策部長。95年国立長野病院副院長。2006年より国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉大学大学院教授、国際医療福祉総合研究所長。政府委員等医療計画見直し等検討会座長(厚労省)、介護サービス質の評価のあり方に係わる検討委員会委員長(厚労省)、中医協調査専門組織・入院医療等の調査・評価分科会座長、規制改革推進会議医療介護WG専門委員(内閣府)