娘の優しさ、母の気持ち/女優・介護士・看護師 北原佐和子氏

2023年6月17日

 

思いやりから生まれるすれ違い

数年前にお父様を亡くした友人は、地方に住んでいたお母様を東京の自宅に呼び寄せ、同居して半年になる。私が初めてお会いしたお母様は、物腰柔らかく、優しく品のある素敵な方だった。

 

そのお母様は昨年認知症と診断された。私が接した短い時間の中では、会話も問題なかった。ところが、友人に言わせると「何かする?」と何度も同じことを言ってくる。それが認知症の症状ではないかと私に聞く。「母は父と結婚してから外に目を向けることなく、家事に追われ主婦一筋で日々過ごしてきた。これからは家のことは心配しなくて大丈夫だからお母さんは趣味に精を出してほしい」と友人は私に話す。

 

多分同じことをお母様にも何度となく言っているのだろう。だがお母様は、「私は家の事しかしてきてないから…。」と申し訳なさそうに言う。友人は追い打ちをかけるように「だから、これからは家事は私たちに任せて好きなことをして生き生き過ごしてほしいのよ」と言う。私に「叔父や叔母は高齢になって大学に通い始めたりバイオリンを習い始めたり、みんな高齢でも新しいことに挑戦している。自分の母にも同じように今から新しいことを始めてほしいのよ」と言う。

 

 

娘からすると、主婦として家の事を一心に引き受けて、ある意味父親の面倒を最後まで見てきたことで、好きなことが何1つできないまま、今日に至ると思っての優しさなのかもしれない。

 

だが、実際のお母様は、主婦として長年過ごしてきて、今ここで、何よりも馴染みあることを奪われ、急にしなくていいと言われても困ってしまう。でも娘にお世話なっているし、平和に暮らしたい、だから思うように自分の気持ちも伝えられない。そんな複雑な思いが垣間見え、話を聞きながら、私も双方の気持ちが分かるだけに困ってしまった。それでも優しいお母様は「なにかできることを考えないとね。私なりに考えてみるわね」と自室に戻られた。

 

 

友人の勢いに何も言えない私がいたが、お母様の馴染みある家事を一緒にしながら、またはお茶を飲みながらアルバムを見て思い出を語り合う。こんな何気ない日常が今の二人にとってまずは必要なのかもしれない。と時を見て伝えてみようと思う。

 

 

 

女優・介護士・看護師 北原佐和子氏

1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」

 

 

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