事業所のセクハラ防止措置義務とは?/安全な介護 山田滋氏
訪問介護のベテランヘルパーが利用者の軽いセクハラ行為を放置していたために、若い新人ヘルパーがひどいセクハラを受ける事件がありました。新人ヘルパーは重い適応障害の症状が現れ働けなくなりました。新人ヘルパーの父親はセクハラ被害の防止措置義務を怠った事業所に対して、損害賠償請求を行うと言っています。セクハラ防止措置義務を明記した運営基準にも違反するとして、自治体に行政処分を求めました。利用者からのハラスメントへの事業者の防止措置義務について考えてみましょう。
利用者のセクハラを助長したベテランヘルパー
■こんな事件が起こりました
訪問介護を利用している半身麻痺の男性利用者T(70歳・認知症無し)は、ヘルパーに軽いセクハラをしますが、ベテラン女性ヘルパーH(50歳・既婚)は気にしません。介助中にHさんのお尻を撫でても、Hさんは「Tさん、オイタしてはだめですよ」と諫めます。人懐っこい性格のTに対して、Hさんは好感を持っており少しくらいのことは気になりません。
ある時、Hさんの代わりに新人の女性ヘルパー(20歳)がサービスに入りました。Tは移乗介助の時に、新人ヘルパーのズボンに手を入れて股間に触れたため、新人ヘルパーは逃げ出して事務所に戻り所長にTの行為を訴えました。所長は「すぐに担当を外す」と言いましたが、新人ヘルパーは翌日から出勤しなくなり、新人ヘルパーの父親から事業所に連絡がありました。「娘が利用者に暴行されたので、警察に被害届を出して告訴した。不眠と動悸のため心療内科を受診したので、労基署に労災の申請を行う。弁護士と相談して会社の責任を追及する」と。
■ベテランの対応がセクハラを助長した!
ハラスメントは被害者によって感じる苦痛の大きさに差があります。特にセクハラは被害を受ける女性の年齢や既婚・未婚の別によって、苦痛の差が顕著です。Hさんは既婚で50歳という年齢から、男性から受けるわいせつ行為に対して大きな苦痛を感じませんでした。だから、「自分が苦痛と思わなければ大したことではない」とわいせつ行為を軽視して、事業所に報告もしませんでした。ベテランのヘルパーの中には、過敏に反応する若いヘルパーに対して、「ちょっとのことで大騒ぎしていたらヘルパーは務まらないよ」と公言(放言)してしまう人すらいます。
Hさんが軽いわいせつ行為を軽視したことは、Tのわいせつ行為に対する罪の意識を麻痺させ、さらに悪質なわいせつ行為へと助長した可能性があります。Hさんが、「私は大きな苦痛は感じないがほかのヘルパーにとっては大きな苦痛につながるかもしれない」と考え、事業所に報告して是正対応をしていればこの事件は防げたのです。
■セクハラ防止の事業所の対応は?
では、利用者から軽いわいせつ行為を受けた時にはどう対応したら良いのでしょうか?「たとえ軽いわいせつ行為でも大声を上げて逃げ出すか人を呼ぶ」という対応を徹底する必要があります。セクハラの対策マニュアルなどを見ると、「危険を感じたら逃げる」と書いてありますが、それでは足りません。危険の感じ方が人によって異なるからです。相手がビックリするくらいの過剰な反応をする必要があるのです。なぜなら「大声を上げて逃げ出す、人を呼ぶ」というこちらの反応によって、軽い気持ちでわいせつ行為をしたセクハラ行為者に自分の行為の重大さを気付かせることができるからです。
また、事業者は利用者のセクハラ行為に対して厳しい対抗手段を警告して、自らの行為の悪質性を認識させるとともに、愚かな行為によって自分が被る不利益を理解させなければなりません。
以上のように、介護事業者がセクハラから職員を守るための防止措置を怠ったことは明らかですから、賠償責任を求められても仕方ありません。また、2023年の運営基準改正において「サービス利用者などによるセクハラへの対応は、男女雇用機会均等法における事業者の防止措置義務に含まれる」としていますから、注意が必要です。
安全な介護 山田滋代表
早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険株式会社入社。2000年4月より介護・福祉施設の経営企画・リスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月より現株式会社インターリスク総研、2013年4月よりあいおいニッセイ同和損保、同年5月退社。「現場主義・実践本意」山田滋の安全な介護セミナー「事例から学ぶ管理者の事故対応」「事例から学ぶ原因分析と再発防止策」など