2026年4月1日号 16面 掲載
【2040年見据える在宅医療DX座談会】医療の本質問われる転換期 DX”導入”から“活用”フェーズへ

2040年問題に向け、日本の在宅医療は大きな転換期を迎えている。人材不足の深刻化や制度要件の厳格化、増え続ける患者への対応などの課題が改めて意識される中、持続可能な在宅医療体制をいかに構築していくのか――。地域医療の最前線で活躍する在宅医らが、医療DXの進展と次の10年を見据えた展望について語る。
重視される「総合力」
――この10年で、在宅医療DXを取り巻く環境はどのように変わったか
川島 世間の関心は2025年問題から2040年問題へと移っています。私がこの分野に足を踏み入れた当初、診療所を見学した際には、紙カルテでの運用が当たり前の光景でした。そうした現場の課題を実感したことが、在宅医療事務を支援するクラウドクリニック創業のきっかけでもあります。創業10周年を迎え、この間に在宅医療を取り巻く環境、とりわけテクノロジーの進化は目覚ましく、変化の連続でした。

英 在宅医療では、複数の医師やスタッフで患者情報を共有することが不可欠ですが、私が開業した01年当時は紙カルテが主流で、それが大きなボトルネックとなっていました。当直体制の整備や主治医制の導入、常勤医の増員、診療所の展開といった組織拡大を進める中で、1人がカルテを持ち出すと他のスタッフが確認できず、業務が滞ることも日常的にありました。その後、ファイルメーカーで自作のデータベースを構築して効率化を図る時期を経て、この10年でクラウド型電子カルテが普及し、場所を問わず情報を共有できる環境が整ってきました。

島田 当院は96年の開業ですが、電子カルテを本格導入したのは、実はまだ2年前のことです。それまでは多くのクリニックがそうであったように、紙カルテと独自にカスタマイズしたファイルメーカーの併用でなんとか凌いでいました。以前は患者全員の既往歴や処方内容を印刷した分厚いバインダーを持ち歩かなければならず、物理的にも精神的にも大きな負担でした。それが今では、スマートフォン1つで全ての情報にアクセスできる。DXの進化のスピードは、驚異的です。

――テクノロジーの進化などにより在宅医療を取り巻く環境は大きく変化しました。今回の診療報酬改定についてどのように受け止めているか
神山 最もインパクトが大きいのは、昨今の物価上昇への対応と、医療業界全体の課題である人材確保に向けた医療従事者の賃上げ原資となるベースアップ評価料が拡充された点です。特に画期的だったのは、前回対象外だった事務職やドライバーまで含め、資格の有無を問わず全職員が対象になった点です。在宅医療は多職種の連携が生命線ですから、院内の不公平感を払拭し、チーム一丸となって患者に向き合う体制を後押しする、極めて重要な一歩だと評価しています。

島田 もう1つの大きな柱が、「在宅緩和ケア充実診療所・病院加算」を再編して新設された「在宅医療充実体制加算」です。評価は厚くなった一方で、要件はより厳格化されました。今回の見直しでは、単なる看取り件数だけではなく、緊急往診や休日・夜間対応、複数の常勤医師による24時間体制の確保など、地域で重症患者を支える“総合力”が重視されています。一方で、「別表8の2」に示す患者割合が2割以上と定めたことで、「認知症やフレイルなどの患者を診療する地域に根ざした在宅医療を軽視しているのではないか」という意見が聞かれます。また、嚥下機能が低下している患者に対して安易に経管栄養を導入せずに、患者のQOLを重視して嚥下指導や誤嚥性肺炎への対応などのきめ細やかな在宅医療を行ってきた現場の努力が軽視されているという印象は否めません。そして、医師偏在の是正が課題となっている中で、常勤医2名以上の要件は医師確保が難しい地方の実態が理解されていないとの声も多く聞かれます。さらに、医師1人当たりの在宅患者数100名以下とする制限についても、診療頻度や高齢者施設の患者のカウント方法次第では、在宅医療が十分に提供できなくなる可能性があります。
在宅療養支援診療所(在支診)の施設基準も見直され、体制や実績がこれまで以上に重視される方向になりました。形式的な訪問回数ではなく、診療所としての役割や実績が評価される流れがより明確になったと感じています。
神山 医療DX関連の加算も見直され、従来のマイナ保険証対応など設備整備中心の評価から、電子処方箋や電子カルテ情報共有サービスといった実質的な情報連携の取り組みが重視されました。単なる導入にとどまらず、医療機関同士がデータでつながり、地域全体で患者を支える体制づくりが求められています。今回の改定は、そうした次のステージへの移行を強く後押しするメッセージだと受け止めています。
飯田 当院が拠点を置く北海道は地理的に広く、16km以上離れた患者宅への訪問も珍しくありません。車で1時間以上かかる地域もあり、緊急往診が難しい場合には、訪問看護と連携しオンラインで対応することもあります。こうした地域特性を踏まえると、今後はオンライン診療や多職種連携を前提とした在宅医療の運営が不可欠だと感じています。今回の診療報酬改定で、看護師の現地補助に関する新たな評価が示されたことは、非常にありがたいです。

――現在、DXで取り組んでいることがあれば教えてください
英 現在はレセコン含め、システムの多くがクラウド化しており、医療機関の業務環境は大きく変化しています。当院でも従来はORCAを中心とした運用を続けてきましたが、体制の見直しを進め、電子カルテ会社が提供する各種機能やサービスを活用できるよう、システム全体の刷新に取り組んできました。DXの基盤がようやく整いつつあり、今後はより積極的な活用を進めていく段階に入りました。
島田 これまで常勤のレセプトスタッフが7人いる体制だったため、外部サービスを検討せずに済んでいましたが、今後の人材の引退などを見据えると、サービスの活用は避けて通れないでしょう。電子カルテ導入の効果を強く実感したのは、前回改定で訪問診療件数の多い医療機関にデータ提出が義務化された際です。紙カルテのままでは対応は困難で、デジタル化の重要性を痛感しました。患者数の多い医療機関ほど、制度対応を見据えた準備が必要です。
神山 07年の開業当初から積極的にICTを活用してきました。現在はRPAを導入し、定型的な事務作業の徹底的な自動化を進めています。例えば、在宅酸素療法を利用している患者のSpO2の値を毎日カルテから自動抽出し、レセプト作成用のデータに転記する作業や、ケアマネジャーへの定期報告FAXを夜間に自動で一斉送信する、といったことが可能です。これらは人間がやれば単純ながらも時間のかかる作業ですが、RPAに任せることで、スタッフの業務負担を大きく減らすことができています。これにより、スタッフはより付加価値の高い、患者とのコミュニケーションなどに時間を使えるようになりました。また、設備面では、往診カバンの物品管理にRFID(無線ICタグ)を活用した持ち出し管理システムを導入しました。何が持ち出され、不足しているかを簡単に把握できます。
天辰 在宅医療の領域は当グループにとってまだ歴史が浅いですが、病院事業全体としては長年の運営実績があります。転機となったのが、約10年前にグループ全体でGoogle Workspaceを導入したことです。拠点数が多いため、従来はFAXや紙によるやり取り、出張による打ち合わせなどに多くのコストがかかっていましたが、オンライン会議や文書共有が日常化したことで、拠点間連携は大きく効率化しました。業務の標準化や品質の担保もしやすくなり、クラウド型電子カルテの普及も相まって、在宅医療を含め全体の運営が進めやすくなりました。RPAは有効なツールですが、導入には業務整理が不可欠です。どの業務を自動化するのかを見極める必要があり、導入する側にも一定の設計力や運用スキルが求められます。

川島 DXを進めるうえでは、どの業務を切り出して標準化し、RPAに任せていくのかという点が大きな課題です。クリニックごとに業務の進め方やルールが異なるため、標準化は最も難しい部分ではないでしょうか。私たちも様々な医療機関をサポートするなかで、業務の標準化を目指してきましたが、実際には各クリニックのやり方に合わせながら支援してきた側面もあります。アウトソーシングは事務の置き換えと受け取られがちですが、在宅医療は現場でしかできない業務が多く、現場スタッフの存在は不可欠です。そのため当社は、事務職や看護師の皆さんを支える“サポート部隊”として、同じチームの一員という意識で関わっています。
飯田 24年の開業時は、医師・看護師・医療事務の4人でスタートしました。人口約200万人の札幌では在宅クリニックの開設が相次ぐ一方、ニーズも非常に高く、現在は在宅患者150人、施設入居者250人の計400人を1人で診ています。本来は月2回訪問したい患者にも月1回の対応が限界となるケースが増え、医師1人のマンパワーの限界を実感しています。こうした状況を踏まえ、現在は看護師4人を配置し、オンライン診療の体制も積極的に整えています。患者数の増加に伴い業務量も急速に拡大しており、DXの重要性は強く感じているものの、十分な時間を確保しきれていないのが実情です。
川島 多くのクリニックが同じような課題を感じているのではないでしょうか。業務を標準化しようと考えても、それを任せられる人材が各法人にいるかどうかによって、進め方やスピードは大きく変わってきます。また、こうした取り組みは単に組織の規模の問題だけではなく、マネジメント体制や、これからどの段階で拡大していくのかといった成長フェーズによっても左右されるものだと感じています。
<後編に続く>










