2025年7月9日号 終面 掲載
【特別対談◇これからの高齢者住宅】高齢期の住み替え普及へ「転居費用補助も合理的」 ノバケア 岡本氏 × 日本社会事業大学・井上由起子教授
この春、厚生労働省で有料老人ホームのサービス提供体制に関する検討会が立ち上がった。いわゆる「外付けモデル」の有老に関わる議論がどう着地するか、注目が集まる。人口減少に伴い高齢者支援の担い手が減る中、老後の住まいをどのように構築するかも大きな課題だ。ノバケア・岡本茂雄CEOと、日本社会事業大学・井上由起子教授に対談してもらった。
住まいのモデル多様化を産業横断で日本をデザイン
岡本 「住まい」とは何でしょうか。
井上 施設や住宅は単なる箱物で、それが「住まい」になるためには、その空間への愛着、「ここは私の家」という主としての感覚、住民同士の関係性、地域社会とのつながり――などの要素が必要だと考えています。
自宅に加えて、シニア向け賃貸、居住サポート住宅、シェアハウスのほか、特別養護老人ホームや有老なども「住まい」となる可能性があります。住宅政策と福祉政策は同じグラデーションの中で捉えてよいはずです。

日本社会事業大学 井上由起子教授
岡本 日本では戸建て住宅を買うことが人生の目的の1つであり、そこにずっと住み続けるという価値観が根強かった。しかし老後、戸建てに住み続けることは維持管理などの手間がかかる。私の住む地域でも居住者が高齢化し、庭が雑草だらけ、2階は全く使っていない住宅が散見されます。マンションなど集合住宅に住み替えるほうが、快適な老後を過ごせる場合もあります。「在宅」とは必ずしも戸建てに住み続けることではありません。
井上 「住み慣れた地域で最期まで」と言いますが、単身化が進む中、何の支援もない「すっぴん」の戸建て住宅で最期までというのは特殊な選択肢になるでしょう。
住宅政策の目標を定める「住生活基本計画」の見直しに向けた国土交通省の会議に参加していますが、そこでも高齢期の住み替えを文化として醸成しようという意識があります。
岡本 住み替える上でネックとなるものは何でしょう。
井上 子どもがいないシニアは老後に向けて早くから考え住み替える傾向にありますが、子どもがいるシニアは子どもの結婚や孫の誕生などに左右されます。家族に対する淡い期待も持ち続けるので、決断が遅れます。
アクティブに動ける75歳くらいまでに住み替えておくのがベターです。80歳になると介護のための住み替えの要素が強くなります。
岡本 早めに住み替えておく意識を育てるのは大変です。
井上 もう1つのネックはお金。年金や教育といった社会保障に不安がある日本では、子どもにお金を残してあげたいという固定観念も強いです。リバースモーゲージの活用など、持ち家を現金化する仕組みも必要になります。
岡本 ボリュームゾーンは中間所得層。この層の住み替えを促す公共住宅や家賃補助などで、何か手を打てないでしょうか。
井上 北欧では日本より公的賃貸住宅が多く、普遍的な家賃補助政策も充実しています。高齢期に支援つき住宅に引っ越しても、引っ越す前と住宅費用が変わらない仕組みもあります。他方、日本は生活保護制度の住宅扶助しかありません。
岡本 公営住宅は、高齢化した住民をどう支えるかも課題となっています。団地でもエレベーターがない場合があり、高齢者には辛いです。
井上 団地でも建て替えに合わせ、高齢化を踏まえたハード面を整え始めてはいます。公営住宅は家賃は安いですが、それ以外の魅力に乏しいのも課題。この点、URや住宅供給公社が参考になります。交流拠点を設けたり、小商いを応援したり、生活支援アドバイザーを置いたり。URのキャッチコピーは「ゆるやかに、くらしつながる。」と、未来を見据えています。
岡本 人口減少も考慮しなければなりませんね。
井上 「集住してもらわないとサービスが提供できない」時代になります。頼れる親族がいない人を中心に、介護保険を利用する手前で生活が立ち行かなくなるケースも増えるでしょう。転居先の住宅費用を減額してでも集まってもらってはどうか、という時代になるように思います。特に地方では不動産に価格が付かなくなりますから、転居費用を国が負担してでも住み替え支援をする方が合理的かもしれません。
岡本 戸建てが広範囲に点在するより社会保障費は抑えられ、かつ生活水準も向上するかもしれません。
井上 新築は家賃が高止まりしますから、既存物件の空き室や特養などを活用しようという議論も出てきています。
外付け報酬見直し慎重に「特定施設との比較は無意味」
岡本 もっと未来にコミットメントする必要がありますよね。今の政策は、あらゆる問題を短期的に、スポットでとらえた視点しかない気がします。20年後、30年後、それ以上の長期スパンで捉え、全産業にまたがる視野を持ち、日本全体を再デザインしていく視点が必要です。
ところで井上さんは厚労省の有老に関する検討会の委員も務めています。そこでの議論について教えて下さい。

ノバケア 岡本茂雄CEO
井上 サ高住や有老に介護事業所を併設する「外付け」モデルのサービス量は適正なのかというのが論点となっています。外付けモデルでは、区分支給限度基準額に対して8割から9割近くまでサービスが利用されています。要介護3で約83%、要介護4で約86%、要介護5で約87%といった具合です。財務省は「基準額を見直すべきではないか」と主張しています。
岡本 財務省の指摘をどう見ますか。
井上 慎重にならざるを得ません。介護保険の報酬が引き下げられれば、ホーム側としては基本サービス費などの自費部分を値上げする可能性が高く、利用者の自己負担が増えます。
支払い能力があれば良いですが、入居している人の約33%が生活保護を受給しているというデータがあります。「厚生年金を受給する中間所得層向け」という従来のイメージとは、かけ離れているのが実態です。自費部分が上乗せされれば、低所得者層の行き場がなくなるのではと懸念しています。
また、生活保護受給者とそれ以外の利用者とでは、区分支給限度基準額における利用割合に大きな差はありません。幅広い事業者が同じようなビジネスモデルで運営しています。もちろんアッパーな中間所得層を対象とした大手事業者ではケアマネジャーも選択の自由が保障されているなど、支給限度額における利用割合もそこまで高くはないのですが、住宅型やサ高住の多くは中小事業者です。
岡本 区分支給限度基準額が特定施設の介護サービス費より高いため、特定施設と同水準の新たな報酬体系をつくるべきだといった指摘もありますね。
井上 特定施設は外付けモデルより自費部分の基本サービス費や家賃が高い傾向にあります。例えば基本サービス費が特定施設では7万円台、外付けモデルでは3万円台。ターゲットとしている所得層が違うので、特定施設と比較してもあまり意味がありません。
岡本 多くの事業者が区分支給限度基準額の範囲で利益確保を目指す以上、限度額近くで落ち着くのは当たり前の話です。
本来的に考えるべきは、医療や介護、リハビリなどの変化をとらえた研究をした上で、区分支給限度基準額を新たな時代に即したものに変えること。理想的な介護に合わせ、給付費を決めていくイメージです。
まだ高齢者の住まいは護送船団方式。「住まい」の形は多様化すべきです。もっと市場化し、価格の弾力化を進め、業界に健全な競争を起こし、選択肢を増やす政策が必要です。
井上 住まいを「ケアの質」「接客の質」「関係性の豊かさ」「空間」などの指標で整理し、顧客が評価し公開するのは有効かもしれません。一方、セーフティネットとしての住まいまで市場化することが果たして良いことなのかという議論はすべきと思います。