2025年12月10日号 10面 掲載
認知症の人々からの学び/女優・介護士・看護師 北原佐和子氏

「A氏」と出会い、成長へ
私が介護を始めてからの20年間で日々感じているのは、認知症であろうが障害を持っていようが、高齢であろうが、「人と人」「人間対人間」の水平な関係性の大切さと、信頼関係の構築だと思っている。その信頼関係は「その人を知りたいと思う気持ち」「その人を好きか」といった人と関わる上で根幹となる部分かもしれない。そして「トライ&エラー」。私も何度も失敗をしてきた。利用者さんに怒られることなどは日常茶飯事。利用者さんから見たら「何もできん、何も分からん若造」そう見えているのだと思う。だからこそ、「すみません、教えてください!」と距離を縮めることでその方の懐に入り込ませてもらい、そして学ばせてもらった。
働き始めの頃に出会ったパーキンソン病を持つA氏。私はその人が立ち上がるたびに「トイレですか」「どうしました?」と声をかけていた。A氏からは「うるせぇ!」「あっちいけ!」と暴言や拳が飛んできた。暴力的なA氏。「暴力を振るうA氏は嫌な方!」と心の中で思い避けていた。
ある日、ドイツ民謡「故郷を離るる歌」を歌い始めるとA氏は涙を流した。あの暴力的なA氏が涙を流す……。とても衝撃的だった。あとからスタッフに聞くと、A氏は現役時代、放送局に勤務しドイツに赴任していたという。涙するA氏はその頃のことを思い出していたのだろうか……。
答えは頂けなかったが、私の中で勝手に距離が縮まり、暴力的なA氏のイメージは払拭された。だが私は、相変わらず動くたびに声を掛け、A氏の暴言も変わらなかった。
その直後にA氏は特別養護老人ホームに入所が決まる。A氏の状態が悪くなるのではないかと気になりすぐに面会に行く。長い廊下を、肌艶もよく自由に活き活きと歩くA氏がいた。その姿をみて、私はどれほどA氏の自由を奪い抑制していたのか、自分の行っていた恐ろしいケアに気づいた。
A氏の暴言、暴力的な言動はA氏の素直な気持ちの表れだった。自分の気持ちを伝えることができたらどれほど楽か。それができずにいることがどれほどの辛さか。
トライ&エラーを繰り返しながら、利用者さんとの体験を通じて成長をしていく日々こそが介護の面白さ、魅力だと思う。

女優・介護士・看護師 北原佐和子氏
1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」「ケアマネ女優の実践ノート」










