2026年2月18日号 11面 掲載
「治す医療」から「壊さない医療」への転換/医療法人社団 悠翔会 佐々木淳氏【連載第76回】

成長政策としての医療介護投資
自民が大勝した。少なくとも4年間は強力かつ迅速に社会変革を推し進める力が与えられたことになる。経済政策の柱として「責任ある積極財政」を標榜し、危機管理投資と成長投資という二つの政策軸で日本の再興を目指す高市政権の大きな方向性を支持したい。
一方で、本来は社会投資であるはずの医療・介護を含む社会保障制度が日本経済の足を引っ張る支出であるという認識が政府与党内にも存在する。
人口減少、特に生産年齢人口の減少によらず、日本経済がなんとかマイナス成長を回避できた要因の1つは高齢者と女性の就労率の上昇だ。その背景には世界最長レベルの健康寿命と家族介護者の負担軽減という2つの要素がある。それは医療と介護という2つの社会的共通資本によって維持されてきた。
社会保障は単なる支出ではない。人的資本・リスク耐性への投資だ。投資対効果についての議論は必要だが、基本的には堅持・強化していくべきだ。
「増やすVS減らす」ではなく「成長」の観点からの見直しを
元厚労事務次官・東京大学高齢社会総合研究機構の辻哲夫先生は「社会保障は内なる国防」とおっしゃっているが、社会保障の充実は高市政権の二つの政策軸である危機管理投資と成長投資の両面の価値を持つ。
財政が厳しい状況であることは事実だ。
経済の専門家ではない私でも将来にわたる社会保障の支出が硬直的支出に増加し、それが経済成長で賄えないと市場に判断されれば長期金利上昇や円安圧力がさらに強まるくらいのことは理解できる。
市場に問われているのは「いくら使っているか」ではなく、そのリターンと制御可能性、つまり制度設計だ。現時点においては日本の人口あたりの医療介護支出は、その突出した高齢化率にも関わらず、他の先進国と比較しても特に高いわけではない。効率的な医療・ケアが提供されていると評価してよいはずだ。
特に日本の医療は予防領域を除けば、そのアクセスはすでに世界最高水準にある。健康寿命の延伸などについては限界効果が逓減し、追加投資による改善が得にくい状況になりつつある。従って単なるバラマキではなく、社会投資としての対象をしっかり見極める必要がある。
高市構想は財政信認と技術覇権を重視している。その文脈では医療・介護は消費的支出と見なされる。医療介護の抑制は短期的な市場安定には合理的かもしれない。しかし、中長期の人的資本戦略としては明らかに不適切だ。
医療・介護を支出として「削るVS増やす」という議論ではなく、これからの日本の健全な成長に資するための社会投資として再設計するという考え方が重要ではないか。
医療介護を通じて国民の生活を効果的に支えることで、患者・家族も医療介護専門職も幸せな暮らしが守られ、国全体が豊かになり成長していく。このような絵を描くことは十分に可能だと思う。
特に優先的に取り組むべきは次の3領域だ。
1.介護の社会化(家族介護の外部化)
介護保険サービスは訪問介護を中心に深刻な状況だ。首都圏ですら訪問介護事業所のない基礎自治体が出現している。結果として家族への介護依存度が上がり、労働供給が減少する。現時点で介護離職による経済損失1兆円、ビジネスケアラー(生産年齢人口の家族介護者、2030年に318万人に達する)の生産性低下だけでマイナス9兆円と経産省は試算している。
OECDのデータによれば、介護支援が充実した国ほど女性労働参加率が高いことが明らかになっているし、北欧諸国では公的介護支出と成長率に負の相関は確認されていない。家族の介護負担軽減は、事実上の成長政策といえるはずだ。
2.就労世代・予防医療への集中
慢性疾患の予防と継続的管理は最終的に総医療費を削減する。重度化し心筋梗塞や腎不全などを発症すればQOLや生命予後のみならず、社会保障財源の大きな負担となる。
がんの早期発見・早期治療は総医療費の大幅な削減になるだけでなく、治療による離職や経済生産性の低下を防ぐ。現在の医療制度は予防領域がカバーされていない。また検診要精査・要治療判定者のロストフォローも多い。この領域の医療アクセスはむしろ強化すべきだ。
高額療養費の見直しも議論されているが、いざというときに公的保険に頼れないと予防的貯蓄が増加し、有効需要が減少する。現在の制度でも患者の3人に1人が破滅的医療支出に陥っているとされる。今回の見直しでは、特に就労世帯を中心に一部でさらに最大38%もの負担増となるが、これで削減できる保険料が保険加入者1人あたり年間わずか1400円。明らかに割に合わない。
病気や老後へのリスクヘッジが社会化されるほど家計は「最悪ケース」への過剰な備えが減り、消費性向が上がる。IMFも医療保障の不安定さは貯蓄率を押し上げ内需を抑制するとしている。少なくとも破滅的医療支出は十分に回避できる給付を確保すること、大きな病気になっても社会が支えてくれるという安心感は、内需拡大のためにも必要不可欠な前提条件であるはずだ。
3.高齢者医療の適正化
実はここが日本の医療改革の本丸なのだろう。年間50兆円に達しようとしている国民医療費の半分を消費するのが75歳以上の高齢者だ。もちろん「齢をとって病気になっても安心な社会」は非常に重要だが、労働参加しない層に対する支出が著しく増大すれば、内なる国防どころか、国力を削る可能性もある。
また、病気になるのは高齢になってからとはいえ、現在の若年層と高齢者層の絶対数のアンバランスによって世代間不公平感も増幅しやすい。
しかし、他の一部の国のように、年齢による医療アクセス制限を日本において導入するのは国民感情的にも現実的ではない。「量の制限」ではなく「医療の質と場所と意思決定の最適化」にフォーカスするしかない。
①重症化予防(特に85歳以上の脆弱性疾患)
75歳を超えると入院依存度が急速に高まる。一般急性期病院の入院患者の67%が75歳以上だ。しかし、その入院原因はおおむね85歳を境に2つに分かれる。85歳未満では、動脈硬化性疾患(心疾患や脳血管障害)やがんによる入院が多いのに対し、85歳以上では肺炎や骨折、心不全などのいわゆる脆弱性疾患の割合が急増する。
この年代は健康寿命をすでに迎えている方が多く、また生活習慣病予防などの限界効果が低い。一方で栄養介入、口腔ケア、運動・リハビリは誤嚥性肺炎や転倒骨折を有意に減らす。生命予後・QOLの改善と医療費削減の両立が可能になる。高齢者医療で最も費用対効果が高い領域だ。現行制度では栄養やリハの診療報酬上の評価が弱い。また医師主導モデルでは回らない。特に看護・栄養・リハの主体性を強化すべきだ。
②入院予防(在宅入院・Hospital at Home)
これが合理的な選択肢であることは国際的に答えが出ている。これを制度化しているOECD諸国で、在宅入院は医療費を下げ、合併症のリスクを減らし、患者満足度を高めることが明らかになっている。
また、感染症や心不全、COPDなど高齢者の中等度までの急性疾患・急性増悪であれば病院入院よりもアウトカムが良いとする報告もある。日本では「ときどき入院、ほぼ在宅」と、急性期は入院を前提とした制度設計となっているが、病床=安全という前提自体がもはや古い。在宅医療機関の機能評価に合わせ、在宅入院という選択肢を一般化すべきだ。
③ACPの実践(最適な医療・ケアの選択の支援)
ACPによってICU入室率や救急搬送が減少し、家族の精神的負担が軽減されることが明らかにされている。また結果として死亡前医療費も大きく減少する。
ただしACPは適切に実施するのは簡単ではない。専門職には患者・家族との信頼関係に基づき、継続的な対話の中で最善の選択をともに考え続けるという態度が求められる。
現状、一部の医療機関等においては「延命処置をしない」などのチェックリストが使用されているが、重要なのはその選択のプロセスにおける本人・家族の納得である。それが結果として過剰医療とそれに伴う支出の回避につながることはあっても、医療提供の制限を目的化した選択が強要されるべきではない。
高齢者医療費の問題の本質は「脆弱な高齢者の存在」そのものではない。「急性期・病院・フルスペック医療に自動的に流れる構造」だ。「治す医療」から「壊さない医療」へ、制度のみならず私たちのマインドセットを転換することで、高QOLと高齢者医療費の適正化は両立できる。
医療・介護は経済成長の足かせではなく、成長促進要素となりうる。重要なのは社会投資としての制度の見直しだ。短絡的な支出の抑制に走らず、中長期的に安定した社会基盤を守るという視点が必要だ。

佐々木淳氏 医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長 1998年、筑波大学医学専門学群卒業。 三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。







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