【中国養老市場の今】本格的な高齢化へ多士済々 開発バブル後、“特化型”施設流行
2010年代以降、中国養老市場において数多くの日系企業が参入を果たす一方、撤退を余儀なくされた会社も少なくない。高齢化が進む人口14億人超の大国が、日系企業にとって依然として魅力的なマーケットであることに変わりはないだろう。コロナ禍を経て、中国養老市場の実態はどのように変化したのだろうか。中国現地で介護関連事業を行う3名に、この10年の振り返りと今後の可能性について語ってもらった。
(聞き手:高齢者住宅新聞社社長 網谷敏数、オブザーバー:デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー インフラ・公共セクター ヴァイスプレジデント 田中克幸氏)
網谷 まず、事業内容をそれぞれ教えてください。
和手 HAOLABでは、土地オーナーや投資家向けに、介護ビジネス立ち上げのコンサルティングから、運営受託まで行います。展開エリアは、上海・江蘇などの長江デルタ、深圳・広州などの華南エリアです。現在、広東省で約4万平米の土地に全1200床規模のCCRCを開発中です。これを皮切りにこのモデルを広げていきたいと考えています。
李 19年、上海市での福祉用具レンタルの補助金適用開始を受け、福祉用具大手のヤマシタと日中合弁会社を立ち上げました。現在、同市における福祉用具レンタル市場でシェア85%以上を獲得している状況です。
また、同市が20年に発表した「第14次・5カ年計画」の中で、21年から5年間で約2万5000戸の高齢者住宅の改修計画を進める方針を掲げたことを受け、政府指定の改修業者として2年間で約5000戸の住宅改修を行ってきました。現在は、これまでの顧客データを活かし、「在宅介護サービスのプラットフォーム」構築を目指しています。
劉 11年の設立以降、中国の介護産業に特化したシステムを開発してきました。当社の製品ラインナップは、入居者の見守り、アセスメント、人事管理や財務管理、職員間の情報共有など、介護事業者の業務効率化を総合的にサポートできるものです。
すでに約300施設、計3万5000床への導入実績があります。
網谷 中国の介護市場の現状はどうでしょうか。
和手 中国政府統計によると、35年までに介護市場の規模は約16.5兆円、シニア向けの不動産市場が約50兆円まで成長するとされています。
中国全土の要介護者数は約4600万人(22年時点)で、うち介護施設に入居している人が329万人。在宅でサービスを受けている人が9割以上を占めます。中国の介護施設定員は日本の4倍にあたる800万床といわれるものの、平均入居率は40%ほど。黒字施設は全体の半数程度で、いわゆる「成功している事業者」はわずか1割程度といわれます。
網谷 入居率が意外に低い印象です。
和手 800万床のうち約500万床を占める、入居費が安価な国営施設に希望者が殺到しています。民間企業が開発から運営までを行うとなると高い料金設定にせざるを得ませんが、これがなかなか市場に受け入れられないジレンマがあります。
李 福祉用具・住宅改修市場については、日本ではスロープや手すりの設置など、住宅の一部を改修するのが一般的ですが、中国では家全体をリフォームするケースが多いです。改修のスケールが大きく、その分、市場規模も大きいです。
網谷 日系企業の中国参入が盛んだった10年代は、中国介護市場の“拡大期”ともいえると思います。
和手 19年くらいまでは、ある意味バブルともいえる状況だったように感じます。万科(バンカ)を始めとする不動産デベロッパーによる開発案件が増加し、投資ファンドや大手企業が介護施設を買収するといったM&Aも活発でした。アメリカ、フランスなどの外資系企業がひしめき合っており、現地企業はどこの国のメソッドが合うのかを見極めていた時期でもありました。
現在の中国の介護市場では、CCRCと要介護者向けサービスが目立ちますが、前者ではアメリカ、後者では日本のモデルが色濃く反映されています。
李 当時の中国では、「介護」という概念すら浸透していなかったように思います。しかし政府の優遇措置などがきっかけとなり、20年以降、日本と同様に中国においても在宅介護に重点が置かれつつあります。
2-300x186.png)
HAOLABが手掛ているCCRC(広東省仏山市)
網谷 中国では在宅介護の推進はどの程度進んでいますか。
李 上海では、数年前に公的介護保険制度「長期介護保険制度」で訪問介護サービスが始まり、在宅介護のマーケットが広がりつつあります。ただ、これだけ大きな国土で、在宅サービスを必要とする高齢者にどのように届けるかが課題です。
ケアマネ 制度化へ議論も
網谷 日本でも、在宅領域のDX化や介護インフラの整備には多くの課題があると感じます。劉さんはこの10年をどのように見ていますか。
劉 10年前の中国では、利用者をアセスメントし、ケアプランを組むという意識は薄く、事業者のサービス向上の取り組みが進んでいたとはいえませんでした。当時は政府主導で施設やデイサービスセンターなどの開発が積極的に行われていましたが、サービスの質や制度整備が追い付かず、採算がとれずに倒産する事業者もありました。現在は、制度整備や質向上の取り組みも進み、日本でいう「ケアマネジャー」の制度化についても政府が議論を始めています。
李 上海では試験的にケアマネの稼働が始まっていますが、ほとんどがボランティアに近い形です。いずれ制度化の流れになると思いますが、財源確保が課題でしょう。
網谷 コロナ禍を経て、中国の介護市場はどう変化したのでしょうか。
和手 コロナ禍では、時の流れが止まり、開発ペースも鈍化しました。ただ、昨年12月にゼロコロナ政策が解除され、市場は再び盛り上がりを見せています。特に現時点ではリハビリ特化型、病院併設型、認知症特化型など、特色を持たせた介護施設がトレンドです。
李 上海もロックダウンにより、在宅サービスは厳しい状況でした。住宅改修事業は完全にストップ。一方で、福祉用具レンタルの需要は高まり、リピート率を維持していました。コロナ禍で自宅で過ごす高齢者が増えた結果でしょう。
劉 システム分野に関しては、稼働率は低下しませんでした。むしろ、リモート技術を駆使し、「スマート養老」を謳ったサービスを展開する事業者が増えたと思います。
「日本式介護」 問われる意義
網谷 みなさん長年日本でも活躍していますが、海外から見た「日本式介護」とは一体何だったのでしょうか。
和手 一言でいうのは難しいですが、「カスタマイゼーション」ではないでしょうか。個別ケアを提供するのが日本の介護だと思います。これは、「標準化」「パターン化」が徹底されているフランスの介護と対照的なものです。ケアマネを中心にケアプランを組み、多職種が介入するのも日本の特色でしょう。当社ではケアマネにあたるスタッフを配置し、チーム介護を実践していますが、施設で本人がどのようなケアを受けているかが見えると家族からも好評です。
李 「人が人としてどうあるべきか」を考え、自立支援をする日本式介護は、“あるべき理想”であると考えます。ここから、中国の介護事業者は多くのことを学びました。
ただ、日本では一般的な「介護予防」や「早期発見」という概念が中国人に浸透するかは疑問です。中国では「介護は人生の最後の最後に受けるもの」という考えが強いからです。また、中国の介護施設は規模が大きく、サービスの質向上のために十分なリソースを投入できない事業者も少なくありません。
網谷 日本ではシステム導入によるデータ主導のケアを不安視する声もあります。
劉 データ主導のケアは、人間の尊厳に相対するものではなく、あくまでも「健康を実現する手段」と捉えています。最新技術を活用することで、今取り組むべきケアを可視化でき、結果としてその人らしい人生を送るサポートにつながります。
サービス深彫りと変革を
網谷 中国市場への海外資本の参入について考えを教えてください。
劉 チャンスはあると考えています。現地企業とパートナー関係を結ぶ場合は、対等な関係性を築くことがカギです。属人的ではなくエビデンスにもとづく介護がますます求められていくと思います。
和手 中国では、「お金を払って介護サービスを使う」消費文化が普及してきています。また、金利の低下により、施設開発には有利な状況。不動産価格も下落しており、介護事業者が勢いを増す可能性は高いでしょう。ただし、コロナ対策による財政赤字や政府の不透明な方針に、不安も残ります。介護事業に対する補助金への期待も薄く、介護施設運営の一本勝負では難しいと感じます。
各事業者は、リハビリ・医療・認知症などの得意領域に絞って、サービスを深掘りしていく必要があると思います。中国では、「85歳以上の要介護者」と「60歳前後の富裕層アクティブシニア」が有望なセグメントとされています。ターゲットを絞ることが成功への近道だと考えます。
李 合弁企業・100%外資企業ともにチャンスはあると感じています。ポイントは、経営手法やサービス構築などの「方法論」だと思います。
日本で成功したモデルが中国で通用するとは限りません。コンサルにとどまらず、現地企業と提携して実際に事業経営を行うことで、チャンスが広がるのではないでしょうか。
網谷 中国では、日本の介護市場はどのように映っているでしょうか。
和手 中国の民営介護施設の平均入居率はかなり低いので、日本の介護保険制度に魅力を感じている経営者は多いと思います。ただこの数年、日本の介護産業に何かしらの改革が起きたかといわれると、それを疑問視する声もあります。中国の事業者は情報をあらゆるところから取得し、イノベーションを起こす意識が強いです。こうした起業家精神が必要と感じます。
網谷 制度に守られている分、変革が起きにくいのかもしれません。
李 福祉用具に関しても、既存製品のマイナーチェンジにとどまっている印象です。新しいものを取り入れるものづくりの姿勢と、コストマネジメントスキルが必要でしょう。
劉 AI技術や映像分析技術など、システムの観点でも発展途上と感じます。技術の種類やそれを組み合わせたサービスは、中国の方が先を行っているかもしれません。日本の製品は価格も高く、中国での展開は難しいと感じます。海外展開を視野に入れた開発に期待したいです。
田中 日本と中国がお互い学び合えたら良いと思います。人的ネットワークがもっと深まることを期待しています。
、網谷氏(上段中央)、和手氏(上段右)、李氏(下段左)、田中氏(下段右)-e1683003765753-1024x394.png)
劉氏(上段左)、網谷(上段中央)、和手氏(上段右)、李氏(下段左)、田中氏(下段右)