コロナ禍でも急増の「老衰死」 「自宅化」した施設が背を推す/浅川澄一氏

2023年5月17日

 

 

 

 

作家の大江健三郎、ファッションデザイナーの花井幸子、建築家の磯崎新、英国のエリザベス女王。この半年余りで亡くなった著名人に共通するのは、死亡原因が「老衰」であることだ。元首相の宮澤喜一と中曽根康弘もそれぞれ2007年と2009年に老衰死で他界している。

 

2020年11月には歌舞伎役者の坂田藤十郎がやはり老衰で旅立った。臨終の際に病院に駆け付けたのは妻の扇千景さん。「寝ているんだなと思ったら、目の前ですーっと息を引き取りました。病院の方から『どこも痛くないし、苦しくないですよ。大往生です』と言われました」と話した。老衰による死がいかに穏やかであるかを物語る談話だろう。

 

 

老衰とは何か。広辞苑によると「老いて心身の衰えること」とある。そのゴールが老衰死となる。厚労省は、医師向けの「死亡診断書記入マニュアル」で「老衰死」を「高齢者で他に記載すべき死亡原因がない、いわゆる自然死の場合」と定義している。

 

医師が一人で記す死亡診断書には、がんや肺炎、脳梗塞などの死亡原因の病名が記される。だが、老衰は病名ではない。心身の細胞が衰え、生命が尽きる状態だ。嚥下や消化機能が弱まって食欲が減退し、睡眠時間が長くなる。脱水・糖分不足で脳機能が衰え、呼吸停止・心停止に至る。

 

脳内モルヒネと言われるβエンドルフィンとケトン体が出てきて、鎮静、陶酔効果を発揮し枯れるように亡くなる。苦痛なく自然に命が消えていく。

 

 

これと対極を成すのが水分や栄養、酸素を人工的に送り込む延命治療を続けての死である。胃瘻や経鼻の経管栄養、人工呼吸器などが施される。管(チューブ)だらけになり、「スパゲティ症候群」とも呼ばれる。「死を一刻でも遅らせるのが使命」と医療教育で叩き込まれ、延命治療に邁進する医師は多い。死の絶対否定は信仰に近い。

 

時代の流れは老衰死(自然死)に向かいつつある。2007年を底に老衰死は近年急増中だ。2000年には2万1209人で全死因の2.2%で第7位だった。それが、2015年には第5位に、2019年には第3位へと上昇。2022年は10月までに14万4737人となお増え続けている。

 

 

コロナ禍でも老衰死者増は続く

 

 

 
注目すべきはコロナ禍での増勢である。第4波、第5波に見舞われた2021年は全死者が143万9809人で前年より6万7101人増えた。この中で、死因別で前年より最も増えたのが老衰であった。1万9584人増だ。

 

翌年になると、10月までに前年同期より2万人以上も増えている。この趨勢が続くと2年後には死因別で心疾患を上回り第2位に浮上しそうだ。

 

 

老衰死が前年比17%増、2位に近づく

 

 

 

 
死亡場所に目を凝らすと、施設での老衰死の急増も見逃せない。2021年に亡くなった145万人のうち、高齢者施設での死亡者は13.5%なのに、老衰死に限ると高齢者施設での死亡者は7万2579人で47.7%に達している。

 

高齢者施設での老衰死は2007年には6976人だったから、この14年の間に10倍にも増えた。比率では22.7%から47.7%へと2倍以上だ。コロナ禍で入院を避ける動きが反映されているが、この趨勢はコロナ禍以前からである。

 

施設での個室化が広がり、「第2の自宅」と受け止められてきた。「病院第一」から「在宅重視・自然死志向」への意識転換が起こり、「在宅」の延長として「施設入居」が選ばれた。

 

そして、なんといっても本人や家族が老衰死を歓迎し始めたことが決定的な要因だろう。管につながれた延命治療より、「生き切っての大往生」を選び出した。普通の国民の死生観が医療者の思惑を超えつつある。

 

 

 

浅川 澄一 氏
ジャーナリスト 元日本経済新聞編集委員

1971年、慶応義塾大学経済学部卒業後に、日本経済新聞社に入社。流通企業、サービス産業、ファッションビジネスなどを担当。1987年11月に「日経トレンディ」を創刊、初代編集長。1998年から編集委員。主な著書に「あなたが始めるケア付き住宅―新制度を活用したニュー介護ビジネス」(雲母書房)、「これこそ欲しい介護サービス」(日本経済新聞社)などがある。

 

 

この記事はいかがでしたか?
  • 大変参考になった
  • 参考になった
  • 普通



<スポンサー広告>