カスハラ防ぎ、離職防止 職員守る体制整備へ ふじみ野市は医療・介護の条例

2023年5月16日

 

 

 

悪質クレーム対策 日常から訓練重要

 

埼玉県ふじみ野市で2022年1月、在宅クリニックの医師が訪問先の住宅で撃たれ、死亡する事件が発生した。この事件を受け同市では23年4月、医療・介護従事者の安全確保を目的に新たな条例を制定している。人命にかかわる職業である医療や介護。それゆえに、患者・利用者家族などとのトラブルも絶えない。本特集では行政、労働組合の取り組み、そして法律の専門家の見解を通じ、現場で働くスタッフを守る方法について探る。

 

 

 

医療・介護向け ふじみ野市条例

 

4月に施行された「ふじみ野市地域の医療と介護を守る条例」。図にはその骨子を記してある(図表参照)。市、市民、医療機関及び介護事業所それぞれが果たすべき役目について言及しているのが特徴だ。「利用する側と医療・介護を提供する側、お互いの関係性が良好でなければ良いサービスにはならないと考えた」と同市福祉部高齢福祉課の仲野公堅課長はこの条例が設けられた背景を説明する。

 

 

 

 

市は今回の条例はあくまでスタートラインであると認識している。具体的な施策展開はこれからだ。今年度から同市医師会や市内の介護事業所と連携し、条例について市民に周知を進めるキャンペーンを実施していく。また、条例についてほかの自治体からの問い合わせも多かったことから、必要に応じてそうした自治体への支援も実施。医療・介護従事者を守る動きを全国へと広めている。

 

市はヒアリングを通じて見えてきた課題として、訪問介護事業所がハラスメントなど受けた場合にサービス提供を打ち切るという選択が難しいことが挙げられる。介護保険法第9条には「指定訪問介護事業者は、正当な理由なく指定訪問介護の提供を拒んではならない」という記載がある。それに加えて仲野課長は「打ち切る場合には利用者をほかの事業所につなげなければならないというルールが大きな足かせになっている」と指摘する。この点について同市は国への要望などを通じて改善を求めていく方針だ。

 

「条例化に至らない宣言レベルでも、医療・介護従事者に対するハラスメントは絶対に許さない、という態度を示すことはその情報連携で対策管理者の支援も防止に十分意義があるだろう」(仲野課長)

 

埼玉県ふじみ野市で2022年1月、在宅クリニックの医師が訪問先の住宅で撃たれ、死亡する事件が発生した。この事件を受け同市では23年4月、医療・介護従事者の安全確保を目的に新たな条例を制定している。人命にかかわる職業である医療や介護。それゆえに、患者・利用者家族などとのトラブルも絶えない。本特集では行政、労働組合の医療・介護向け ふじみ野市条例取り組み、そして法律の専門家の見解を通じ、現場で働くスタッフを守る方法について探る。

 

 

情報連携で対策 管理者の支援も

「本人や家族などからのハラスメント事例があることは皆わかっている。だが、それを許してしまう慣習や、『受け流すことがプロ』という意識からそうした実態が浮かび上がってこない」。そう語るのはUAゼンセン日本介護クラフトユニオン(東京都港区)の村上久美子副会長だ。

 

 

UAゼンセン日本介護クラフトユニオン
村上久美子副会長

 

 

組合員数8万7000人を超える介護の労働組合である同団体でも、いわゆるカスタマーハラスメントへの対策を求める活動を実施してきた。

 

18年には組合員を対象に利用者・家族などからのハラスメントに関するアンケートを実施。結果、回答者2411名のうち、約74%にあたる1790名が何らかのハラスメントを受けたことがあると回答している。パワーハラスメントを受けたと回答した人のうち、約8割が上司などに相談している。しかし、相談後も事態が変わらなかったという回答が約半数を占めていた。

 

「上司などに相談しても、『ハラスメントと思ってはいけない』『我慢してほしい』などと言われ、耐えることを求められるという実態があったのではないか」(村上副会長)

 

 

出所:UAゼンセン日本介護クラフトユニオン

 

 

利用者やその家族からよくあるクレームとして、「サービス範囲外の要求」がある。村上副会長はこうした場合には「相手が納得するまで、まずは丁寧に説明を試みることが重要」としている。仮に相手の要求に従ってしまうと、要求がエスカレートしていく可能性がある。ハラスメントの兆候が見られた場合、担当スタッフを変更する、または複数人で対応するという対策が考えられる。大きな問題に発展する前段階での早めの対策が奏功するケースも多い。そのために、スタッフ間でさまざまな情報を共有できる体制や、雰囲気づくりも必要になってくる。

 

村上副会長は「現場スタッフに加えて、管理者などのマネジメント層を支援する視点も重要」であると指摘する。管理者層がクレームへの対応を苦に離職すれば、事業者への損失は大きい。その姿を見たスタッフも、キャリアアップを避けるようになることもあり得る。

 

「法人内外で管理者を集めた研修会も有効だろう。そこでディスカッションの場を設け、それぞれの悩みを共有できれば連帯感が生まれる」(村上副会長)。そうしたつながりを広げれば、法人内で対応できない利用者を対応可能な事業所につなげられる可能性も高まる。

 

 

 
録音で証拠残す 契約文見直しも
利用者、その家族からのハラスメントへの対策として、第三者の専門家からの支援を受けるという選択肢もある。弁護士法人かなめ(大阪市)は、介護・幼保業界に特化した法律事務所だ。同事務所には、家族からのクレームなどをはじめとしたハラスメントについて年間件ほどの相談が寄せられている。

 

 

弁護士法人かなめ
畑山浩俊代表弁護士

 

 

畑山浩俊代表は、「本来はクレームとはサービスの質向上につながり、利用者やその家族などとの信頼関係構築に寄与するものである」という前提で、悪質なクレームを見分けるためのポイントを2つ示した。

 

1つ目が「義務にないことを求めてきて、義務がないことを繰り返し説明しても要求をやめない場合」。例えばケアマネジャーが利用者宅を訪問する際に、利用者家族などから買い物や居室の掃除など、本来業務とは無関係のことを要求される場合が該当する。

 

2つ目が「正当な要求でもその方法が不当な場合」。介護事業者に介護記録の開示を求める際、「今日の夕方までに全ての記録を用意しろ」といった業務を著しく阻害するようなことを要求する場合だ。

 

 

悪質クレーム対策 日常から訓練重要

 

畑山代表は悪質なクレームへの対応へは「記録を残すことによる証拠化と重要事項説明書など契約書関係の見直しが重要」と語る。

暴言や過剰要求について、「言った、言わない」の水掛け論に陥る可能性がある。会話の内容を書き留める、録音するなど証拠を残せば事態が泥沼化することを防げる。

 

録音データは証拠として特に有効だ。だが会話を録音していると相手が丁寧な言葉を使うなど、普段の状況を正しく残せないことがある。さらに、激高している相手に録音の許可を求める行為は火に油を注ぐ事態にもなりかねない。悪質なクレーム対応時の録音は基本、相手にそのことを知らせずに行う「秘密録音」が原則となる。

 

 

詳細記録都度に対応は慌てずに 毅然とした態度で対応

 
畑山代表は悪質なクレーム対応における秘密録音については法的に違法とはならない、としている。「『サービスの質向上』という利用目的が明らかなので問題ない。録音はメモを取る行為と本質的には同じだ」(畑山代表)  相手のプライバシーの保護の観点でも「介護の業務に関する内容は『私生活の外』と判断され、プライバシー性は低い」ので、問題ないという。

 

悪質なクレームや暴言などが発せられることを事前に察知することはほぼできない。そのため、録音に失敗することも頻繁に起こる。「普段から訓練しておくことが大切」(畑山代表)。

 

契約関係では、特に契約解除についての項目が重要になる。ポイントは「問題となる行動を誰が行うか」についての記載だ。「スタッフが暴力・暴言を利用者から受けるケースより、どちらかと言えばその家族とのトラブルになることがほとんど」(畑山代表)。しかし、契約解除の項目に、「『利用者が』問題の行動をした場合に契約を解除できる」としている事業者が一定数見受けられる。そうするとその家族から暴言・暴力を受ける場面は契約の解除条項から漏れてしまう。畑山代表は契約解除の条項については次のように行為の対象者を広げることを対策として挙げている。

 

 

◇ ◇ ◇

 
事業者は、利用者またはその身元引受人ないしご家族、その他関係者が故意に法令違反その他著しく常識を逸脱する行為をなし、事業者の事前の申し入れにもかかわらず改善の見込みがなく、本契約の目的を達することが著しく困難となったときは、文書による通知によりこの契約を解除することができる。

 
◇ ◇ ◇

 
激高している相手に対面で対応している際には、「早くこの場を終わらせたい」という心理が働き、相手の要求にを安易に呑んでしまう可能性がある。金銭的な要求をしてくる場合は特に大きな問題へと発展する可能性がある。畑山代表は「事業者側のミスが引き金となった際に、その気持ちにつけこんで来る相手もいる。そうした時、より慎重を期して対応に臨まなければならない」と指摘した。

 

 

職員を守る態度 内外へ示すこと
利用者、家族からのハラスメントへの対策について、ふじみ野市、UAゼンセン日本介護クラフトユニオン、弁護士法人かなめの取り組みに共通していることは、「ハラスメントは許さない」ということを、法人内外に対して明確に示すことであると言える。

 

日本では職場内のセクシャルハラスメントやパワーハラスメントが横行していた時代もあった。しかし、企業の社員教育などを通じて、「そうした行為は許されない」という時代に移りつつある。介護、医療の現場でもそうした「共通認識」を、事業者と利用者間で築くことができればハラスメント行為が減るはずだ。

 

スタッフへのハラスメントは許さない、と事業者が明確に示すことでスタッフの安全が守られるだけでなく、ほかの利用者が良いサービスを享受できる。それがスタッフ、利用者とその家族との信頼関係を築くための鍵になるだろう。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

【CASE】暴言理由に契約解除も

 

 

 

 

 

入居者家族からの職員への暴言により、施設側が入居者の契約を解除したケース。その有効性を争点に行われた裁判で、東京地裁は2021年7月8日判決において、「解除は有効」であるとした。この裁判では家族からの暴言に対して、施設長が「記録と警告」という2つの行動をしていたことがポイントとなった。

 

裁判で家族からは表のような暴言や脅しがあったことを認めている。こうした事実が認定されたのは、施設長が家族の言動・要求について事細かに都度記録をしていたためだ。

 

さらに、施設側から家族へ、迷惑行為をやめるように警告を書面で行っていた。その回数は9回以上。暴力・危険行為などと比較すると、暴言を理由にして施設側が即刻契約解除するというのは難しい。その時の感情の高ぶりから声を荒げてしまうこともありうるし、後日そのことを指摘すれば相手は反省し態度を改め、関係性を改善できる可能性もあるからだ。

 

 

一方この件では、「繰り返し」警告文を送っているにも関わらず行為が改善されず、「信頼関係が修繕不可能なまでに破壊されている」と認定された。家族側からは「警告文に記載された被害内容は創作だ」と反撃があった。しかし裁判所は、「暴言・脅迫がなかったとしたら、警告文を創作してまで送る理由はない」として、内容の信頼性が高いと判断した。

 

 

 

 

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